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【女の嘆き】いい加減にしてよ! 自分に甘い人たちにイライラ……、こんな私って間違ってる?

三吉野愛子

「あの子っていいなぁ! 私なんて……」「今、私ってどう見えてるんだろう」など、他人と比較して自己評価が下がったり、同性・異性の目に自分がどう映っているかを気にしすぎたりすること、ありますよね。心理コーディネーター・三吉野愛子が、そんな複雑な女ゴコロを解説し、嘆きの処方箋を出します。自分らしく輝いて生きるヒントをチェックして!

<今回の嘆き>
自分に甘い人たちにイライラしすぎて困っています。「体脂肪、やばーい」と言いながらケーキをほおばる友人。将来設計もせず、ボーナスを趣味につぎ込む彼氏。「すみません、子どもが……」と、なにかと子どもを言い訳にする同僚。翌日は使い物にならないくせに連日の深酒をやめられない上司……。だらしない生き方の人たちに心を乱されない日はなく、いい加減にしてほしいと感じています。こんな私って、間違っていますか?

「水清ければ魚棲まず」という故事成語、または「白河の清きに魚も住みかねて、もとの濁りの田沼恋ひしき」という江戸時代の狂歌をご存知でしょうか。どちらも、厳しすぎる為政者の統治(清すぎる水)に息苦しさを感じ、人民の心(魚)が離れてしまう例えであり、正論だけではなかなか人の心は動かせないことをよく表しています。

他者に厳しい人は、自分自身もストイックな努力家であることが多いもの。きちんとしていることや正しくあることで尊厳を保っており、そのストイックさを他者にも要求します。その結果、自分の要求に満たない相手を軽蔑したりイライラしたり、挙句には相手を“あるべき正しい姿”に変えるのが自分の使命かのように、くどくどとお説教をしたり……。

このような人には、なかなかリラックスして本音を言うのは難しいですよね。人間は、そもそもアンビバレント(二律背反)を内包する生き物ですし、ときには失敗することもある不完全な存在です。あまりに杓子定規な価値観を押しつけられては、窮屈で逃げ出したくなるのが人情というものです。

以下に、厳しい価値観を持つ人が知らずに陥りやすい状況を挙げてみます。

○自分の厳しさによって、自らもがんじがらめになる
○親しくできる人が限られ、人間関係を通した成長の機会を逃す
○周囲の人に少しずつ距離を置かれ、孤独を感じる

自分自身のブラッシュアップのためには、自分の甘えを律したり限界を超える努力をしたりする厳しさも必要なのですが、正しさを追求するあまりの厳しさは諸刃の剣。自分を高める気持ちは残しつつ、自分も他者も必ず持っている不完全さを容認し合いながら共存していけたらベストですね。

<女の嘆きへの処方箋>
●その1 価値観を柔軟にし、多角的に相手を理解する

感情的に受け入れられない相手が持つ特徴は、多くの場合、自分自身も持っているもの。どんな資質にもプラス面とマイナス面があるので、マイナス面だけを見て切り捨ててしまうと、発揮される可能性のあるプラスの面も一緒に放棄してしまうことに。そんなときは、マイナス面を別の角度から眺めてプラス面を引き出す練習を。

「だらしない→おおらか、リラックスした雰囲気」、「一貫性がない、意志が弱い→臨機応変、協調性がある」など、同じ要素でも角度を変えてみれば立派な長所になります。

●その2 他者の「選択」を尊重する

人は自分の優先順位にもとづいて、そのとき正しいと思う生き方を選んでいるものであり、自分に引き受けられるだけのリスクや責任を負って生きています。いつ何を選び、何をどれくらい背負うのか。それは本人にしか決められません。この世にたったひとつしかない正解を目指して一様に努力するというのは、世界の頂点を目指すスポーツチームなどではない限り非現実的です。

このような視点を持つと、自分の価値観にそぐわない相手にいちいちイライラすることは「自己都合」なのであって、相手にとっては余計なお世話なのだと気づけます。

●その3 変わらなければならないのは自分自身

正しさを振りかざして批判的な態度を見せるとき、目の前の相手は少なからず居心地の悪さと幻滅を感じています。自分のことを言われているのでなくても、「ああ、自分もこんなふうに厳しい査定をされているのだろうな」と感じ、せっかく開きかけた心を閉じてしまうかもしれません。

孤高を貫く覚悟を決めている少数派は別として、多くの人は孤独よりもあたたかい人間関係を求めているはず。もしそうなら、他者に対してイライラしたときに変わらなくてはならないのは、相手ではなく自分自身なのです。たとえば、「他者が居心地悪くなるほどの批判的態度は慎む」ことは、一見相手に対するマナーのようでいて、実は自分自身を大切なものとして扱う(または扱ってもらう)ことでもあります。また、なにかと他者に対してイライラするときは、自分が自分に向ける鋭い刃で傷ついている場合もあります。「まずは自分自身にやさしくする」というのも、自分に対して起こすことのできる変化のひとつです。

※画像は本文と関係ありません

(心理コーディネーター:三吉野愛子)

三吉野愛子

1978年、福岡県生まれ。2001年、東京学芸大学教育学部を卒業し、教育系広告代理店に勤務しながら心理カウンセリングを学ぶ。2005年より心理カウンセラーとして活動するかたわら、TV、ラジオ、雑誌の企画監修などを手がける。著書に『恋愛ダメ子の診療所』(日経ウーマン選書)。現在、東京を拠点に、現在、心理カウンセラーとして活動中。

●三吉野愛子カウンセリングオフィス ブログ
http://blog.goo.ne.jp/dearlife_2015

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