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つい同僚と見比べてしまう心理とは?

仕事がどれくらいデキるのか、誰が一番異性にモテるのかなど、同僚と自分を、つい比較してしまうことはありませんか? もしも身近に「デキる同僚」がいれば、落ち込んでしまいますよね。でも、なぜ私たちは、自分を他人と比較してしまうのでしょうか。

【日本人が外国人と比べると圧倒的に「自己肯定感」が低い理由】

そこに潜む心理を教えます。

社会的比較理論

人間は、自らの能力を評価することで自分を定義する、という習性を持っています。自分の能力を評価するためには、何らかの「基準」が必要となります。もしここで、客観的な基準が提示されていれば、これを参考にして自分を評価する方は多いはず。

例えば「自分の年収」と、公表されている「平均年収データ」とを比較して、自分自身を評価するという行動が、これにあたります。

しかし時には、こうした「客観的な基準」が存在しないこともあるものです。仕事がデキるかどうかや、モテ度などには、明確な基準は存在しません。こんなときに人は、他者の能力と比較をすることで、自分の評価を決定しようとするのです。

アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーは、これを「社会的比較理論」と言いました。

自分と似た立場の人と比較

人間が自分の能力を他者と比較したいとき、「自分と似たところがある人」を比較対象に選びやすいと言われています。「今の自分」と「総理大臣」を比較して、「どちらの方が、仕事ができるのか」を考えるのはかなり難しいことですし、意味もありません。

だからこそ、仕事ぶりを比較したいときには「同僚」が対象になりやすいのですね。

誰と比較するのかは、自分の心理状態による!

自分と他者との比較には、二つのパターンが存在します。一つは「自分」と「自分よりも劣っている相手」を比較するパターンです。これを「下方社会的比較」と言います。自分よりも仕事ができない相手と比較して、「大丈夫。

あの人よりは出来ているんだから……」と安心した経験はありませんか? プライドが傷つけられそうなとき、人はこの「下方社会的比較」を活用して、自身の心を守っていると考えられます。

もう一つのパターンは「自分」と「自分よりも優れている相手」を比較するものです。これを「上方社会的比較」と言います。「自分」と「仕事がデキる直属の上司」を比較して、「あの人のようになりたい!」と思うのが、これにあてはまります。

自己評価が高く、また安定した心理状態にあるとき、人はこの「上方社会的比較」によって、自分を高めていこうと決意するのです。

ついつい同僚と比較してしまう気持ちの裏には、こんな心理が隠されているのですね。無意識に比較してしまったら、その裏に隠れている、「本当の気持ち」にも目を向けてみてください。意外な発見があるのかもしれませんよ。

※この記事は2015年01月04日に公開されたものです

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