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【#1】子どもと接する職業だからこそDINKsでいたい杏奈さんの場合・前編

#母にならない私たち

月岡ツキ

高橋千里

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施し、「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。

 

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。

本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

森杏奈さん(仮名/35歳)は地方都市の某県在住、公立中学校の教員をしている。結婚して6年目になる同い年の夫との関係は良好であるものの、「1人くらいは子どもが欲しい」と言う夫と、「子どもを持ちたいとは思えない」と考える杏奈さんの議論は平行線気味だという。

子どもを教育する仕事をしている杏奈さんは、なぜ自身の妊娠・出産に踏み切れないのか。話を聞くと、教育現場で働いているからこそ感じる、子育てへの解像度の高い不安が見えてきた。

学校の先生“だから”子どもを持ちたいと思えない

私が教員になろうと思ったのは、もともと国語が好きだったからでした。生徒に国語を教えることをやってみたくて。なので、「子どもが好きなので教師になった」わけではありません。中学生だと「子ども」というよりは半分大人みたいなものですし。

実際教師になってみて、国語を教える仕事はとても楽しいです。でも、それって中学校教員の仕事の中の2割くらいでしかないんです。あとの8割は生徒同士のトラブル対応や保護者の対応。それが本当に大変です。

今の生徒はみんなスマホを持っていたりSNSをやっていたりするので、そこで人間関係がこじれてしまい、保護者がSNSのスクリーンショット画像を持って学校に駆け込んでくることもしょっちゅう。夜遅くまで話すこともあります。

自分の子は、クラスでどの立ち位置になるのだろう

学校教育も子どもの「多様性」や「個性」を大事にするという方針になりつつはありますが、35人の生徒の個性や特性を尊重しながら担任ひとりで見るというのは無理がありますし、落ち着きのない生徒や暴れてしまう生徒がいるとクラスも荒れてきて、さらにトラブルが増えて……悪循環です。

赤ちゃんや小さい子どもはかわいいですが、大きくなって自我が芽生えてくると「かわいい」だけでは対処できないことが増えてくるのを感じています。SNSでまだ幼い友達の子どもの写真を見ても、かわいいなとは思いつつ「大変なのはこれからだよなあ」などと思ってしまうこともあります。

こんな風に一筋縄ではいかない子育ての現状を目の当たりにする環境にいると、「もし自分の子どもがいじめに遭ったらどうしよう」「自分の子どもは、クラスでどの立ち位置になるの?」などと考えてしまい、自分の子どもを持ちたいとは思えなくなってしまいました。

結婚当初は、「子どもが欲しい」気持ちも少しはあったと思います。数字で言ったら50%くらいかな。でも、30代って仕事にもある程度慣れてプライベートも充実してくるタイミングで、だんだん「今、子どもがいたら大変かも……」と思うようになり、50%あった気持ちが薄れて、今は10%くらいしか残っていません。

たまに幼い姪や甥と遊ぶと楽しいし、そういう時は「子どもがいたらかわいいかも」と思わなくもないんですが、遊び続けるとめちゃくちゃ疲れるので、正直2時間が限界。産んだらこれが24時間続くのかと思うと、「やっぱりいらない」と思ってしまいます。

よく「子育てすると人生をもう一度体験できる」みたいなことを言いますが、私自身は子どもの頃や思春期があまり楽しくなかったので、もう一度体験したいとは思いません。ずっと「早くおばあちゃんになりたい」と思っていたくらい嫌でした。

教室で無視し合ったり、嫌い合ったり、今教えている生徒たちがしているようなことを自分も経験してきました。親に対して、「こんなに嫌な気持ちになるのに、なんで産んだんだろう」と思ったこともあります。

そんな嫌な思いを自分の子どもにさせたくないし、もしいじめに遭ったり不登校になったりして、あの頃の私みたいに「なんで産んだの?」って言われたら……何も言い返せません。

夫は「子育てってメリットしかないでしょ」と言うけれど

夫も結婚当初はそこまで真剣に子どもについて考えていなかったようですし、想像で「子どもがいたらこんなかなあ」などと話すことはあっても、具体的な話はしてきませんでした。

それが最近になって「2人も楽しいけど、子どもがいたらもっと生活にメリハリがつくんじゃないか。やっぱり1人くらいは欲しい」と言うようになったんです。

平日はお互いずっと仕事で、土日もそれぞれ好きに過ごすこともあれば2人で出かけたりすることもあるという、いわばルーティーン化した日常にスパイスが欲しい、という理由のようです。

年齢もお互い35歳なので、子どもを望むなら早い方がいいという焦りもあるのかもしれません。

あとは、夫の周りには「独身」か「既婚子持ち」の友人知人しかおらず、「既婚子なし」がいないというのもあるかもしれません。地元の同級生と集まったとき、みんな親になっていて自分だけ子なしだったと言っていました。

夫の気持ちもわかるけど、子どもを産んだら引き返せないし、スパイスどころの変化では済みませんよね。それに、もし健康に生まれてこなかったら、何か障がいがあったら……。私の不安を伝えてはいますが、話し合いは平行線です。

夫の趣味はバスケとキャンプなんですが、「子どもが生まれたら自由に行けなくなるんだよ」と言っても、あまりピンときていないようです。

もし子どもが生まれたとしても、私も働いているので育児も家事も平等に分担したいんです。夫は「手伝う」と言っていますが、「手伝う」じゃないだろ、と。どうしても私の負担が多くなることは目に見えています。

まだ見ぬ子どもに対して私は不安だらけなのに、夫は「メリットしかないでしょ」と言っています。たぶん、夫の周りの親になった男友達たちはそこまで育児を負担に思っていなくて、そういう様子を見て、夫も楽観視しているのではないかと思います。

でもそれって、もしかすると妻側に負担が偏っているから、夫側から見たら「メリットしかない」ように見えているだけなんじゃないですかね。

例えば男性が友達と遊びに行って、「ごめん、預けられなくて」って子どもを連れてくることってそんなにないですよね。女性の友達同士だとそういうことはよくあるのに。多分、妻側がいろいろとカバーしているから、父親たちが「楽しそうに育児してる」ように見えているだけ。

学校で起こる生徒のトラブルについて夫に話すこともあるんですが、「大したことではない」と思っている節があります。例えば、禁止されているのにスマホを学校に持ってきた生徒を指導したという話をすると、「そもそもスマホを学校に持ってきちゃいけないのってなんで?」「根本的にルールを見直した方がいいんじゃない?」といった反応で。

ものごとについて「論理的に考えて対処すれば簡単に解決できる」という考え方をする人なんです。実際子どもと対峙すれば、論理ではどうにもできないことってたくさんあると思うのですが。

子どもの勉強に関しても、私は教室で勉強についていけない生徒がいかに苦しい立場にいるかを見ているので、「自分の子どもが生まれたら勉強ができる子になって欲しい」と思ってしまうのですが、夫は「勉強ができなくたっていい。テストが60点だっていいじゃないか」と言います。

もちろん、テストの点数が低くても「いい子」はいます。でも、勉強についていけない生徒が人間関係でも苦労するケースを見てきましたし、生きづらい思いをしているのを見ると、もし自分の子どもが生まれたらなるべく賢くなってほしいと願ってしまうのですが、それも夫はあまり理解してくれないようです。

私も、教師の仕事をしていなかったら多分、子どもを産んでいたと思います。職業のせいにするつもりはありませんが、「(子育てにおける)“大変なもの”が見えてしまったこと」は産めない理由のひとつでしょうね。

もし自分の子どもが学校にうまく馴染めなかったり、周りの人に迷惑をかけたりしたら、申し訳ないと思ってしまうんです。

(後編につづく)

教師という職に就いたがゆえに見えてくる問題から子どもがほしくないという考えに至った杏奈さん。後編は9月25日(水)に更新予定です。

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

※この記事は2024年09月24日に公開されたものです

月岡ツキ

1993年長野県生まれ。大学卒業後、webメディア編集やネット番組企画制作に従事。現在はライター・コラムニストとしてエッセイやインタビュー執筆などを行う。働き方、地方移住などのテーマのほか、既婚・DINKs(仮)として子供を持たない選択について発信している。既婚子育て中の同僚と、Podcast番組『となりの芝生はソーブルー』を配信中。創作大賞2024にてエッセイ入選。2024年12月に初のエッセイ集『産む気もないのに生理かよ!』(https://amzn.asia/d/7nkb2q6)を飛鳥新社より刊行。
X:@olunnun
Instagram:@tsukky_dayo
note:https://note.com/getsumen/

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高橋千里

高橋千里(たかはし ちさと)

2016年にマイナビ中途入社→2020年までマイナビウーマン編集部に所属。タレントインタビューやコラムなど、20本以上の連載・特集の編集を担当。2021年からフリーの編集者として独立。『クイック・ジャパン/QJWeb』『logirl』『ウーマンエキサイト』など、紙・Webを問わず活動中

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