『きみだからさびしい』に描かれた、さびしさの先にある男女関係
恋愛という感情の先には、相手のことを“もっと知りたい”と思う気持ちがあるはず。この連載では、小説に描かれる「好きだから触れたい」という心理について、官能小説研究家のいしいのりえさんに解説してもらいます。ちょっぴり大人な恋愛の世界を堪能してください。
多様化するセクシャリティが定着しつつある中で、最近は「ポリアモリー」が話題になっています。
ポリアモリーというのは、パートナー間で合意を得た上で複数の人と交際する人々のことをさします。
パートナーとの交際の形は人によってさまざまです。複数のパートナーと体の関係を持つ人もいれば、婚姻関係であるパートナーとは体の関係を持たず、婚外で体の関係を持つ人もいます。
カップルによってルールはそれぞれですが、ポリアモリーの方々に確立されたルールがあるとすると、「パートナー間で合意を得ている」という点にあります。
浮気や不倫はパートナーに秘密の上で行う行為ですので、ここに大きな違いがあるのです。
たとえば、好きになった相手に交際を申し込んだとき、ポリアモリーであることを宣言された上で交際を承諾されたとしたら、どう感じるのでしょうか。
大前粟生さんの『きみだからさびしい』は、そんな想像もつかない選択を迫られた主人公・圭吾の物語です。
今回の教科書 大前粟生『きみだからさびしい』
京都市内の観光ホテルに勤務する圭吾には、密かに恋心を抱いている女性がいます。それは、趣味のランニングで知り合った年上の女性・あやめです。
圭吾は、あやめが所属する社会人サークルに入ったりと、少しずつ距離を縮める中で、あやめに交際を申し込みます。
あやめからの返事は、
「わたし、ポリアモリーなんだけど、それでもいい?」。
躊躇しつつも、圭吾はあやめへの想いを優先し、ポリアモリーである彼女を受け入れることにしました。
何度抱き合っても埋めることのできない「さびしさ」
そもそも圭吾は「恋愛することが怖い」と語っています。
あふれる自分の想いを相手にぶつけてしまうと、相手を傷つけてしまうのではないかという恐怖心が理由です。
一度はあやめのライフスタイルを許容した圭吾ですが、大好きなあやめが他のパートナーとどう接しているかという嫉妬に苛まれてしまいます。
対するあやめも、圭吾以外のパートナー・蓮本に嫉妬をしています。
圭吾と交際することを蓮本に告げたときの迷いない後押しにさびしさを感じ、会ったことのない蓮本のもう一人のパートナーに嫉妬心を感じました。
圭吾があやめに感じる嫉妬、あやめが蓮本に抱く嫉妬。彼らの周りには嫉妬の連鎖が取り巻いていました。
後半では、圭吾とあやめは一緒に住み、ゴミがあふれる部屋の中で毎晩のように抱き合います。
相手に触れ、身体を重ねることで、圭吾は自分の中の「さびしさ」を埋めます。
しかし、そのさびしさは埋めることができません。なぜなら、あやめには蓮本というもう一人のパートナーが存在するから。
自分のエゴを、愛するあやめにぶつけてしまう圭吾は、あやめを傷つけていると感じ、ひとつの結論を出すことになります。
さびしさを超えた先にある「満たされた関係」
ポリアモリーというライフスタイルは一言では言い表すことができません。
自分以外のパートナーといる時、彼女はそのパートナーと体を重ねているかもしれない。
そんなさびしさを抱く圭吾に対し、蓮本はこのような印象深い言葉を残しています。
「僕もあやめもそのさびしさを選んだんだよ。ちょっとさびしくなった代わりに、それ以上に満たされるようになった、みたいな」
次に会ったときには、今のさびしさ以上に満たされるかもしれない。そんな希望を抱いた上で、あやめ・蓮本の心は満たされています。
そんなあやめを圭吾はどう受け止め、自らの「さびしさ」に決着をつけるのでしょうか。ぜひ圭吾の決断を本作で見守ってください。
(文・イラスト:いしいのりえ)
※この記事は2022年04月09日に公開されたものです