『逝年』に描かれた、愛する人と触れ合うことで感じる「生きる喜び」
恋愛という感情の先には、相手のことを“もっと知りたい”と思う気持ちがあるはず。この連載では、小説に描かれる「好きだから触れたい」という心理について、官能小説研究家のいしいのりえさんに解説してもらいます。ちょっぴり大人な恋愛の世界を堪能してください。
愛する人に「触れたい」という気持ちが高まるのは、「性」イコール「生」だからではないかと思います。
だからこそ思春期の頃はその想いを拗らせてしまったり、歪んだ形で表現してしまいがち。
前回はそんな「拗らせ愛」を題材とした作品をご紹介しました。今回の教科書『逝年』は、前回とは真逆の“ストレートな想い”を描いた物語です。
今回の教科書 石田衣良『逝年』
3部作の2作品目となっている本作、1作目の『娼年』をご存じの方も多いのではないでしょうか。
人生にも恋愛にも退屈していた20歳の大学生・リョウが、ひょんなことから娼夫の道に足を踏み入れ、人を愛する心に目覚める物語です。
松坂桃李さん主演で映画化や舞台化もされ、話題になりました。本作は、主人公のリョウが愛するボーイズクラブのオーナー・静香のその後を描いています。
1作目でリョウが所属するボーイズクラブは摘発され、オーナーの静香は逮捕されました。
服役中の静香の出所を待ちながら、リョウはかつてクラブで共に働いていた仲間を集め、ボーイズクラブを立ち上げます。新しい仲間も増え、順調に経営が進んでいた最中、静香が出所することを知ります。彼女はエイズを発症していたのです。
恩が愛に変わり、触れたいと思う瞬間
空っぽの気持ちで生きてきたリョウに娼夫の道を勧め、人に触れることの愛おしさや、人と正面から対峙することの素晴らしさを教えてくれた静香。
自分を救ってくれた恩人でもある静香に触れたい、抱きたいと感じたリョウは、前作『娼年』で静香をベッドに誘います。しかし彼女はHIV感染者ということを理由にリョウの申し出を断りました。
そして本作では、医療刑務所に収監されていた静香はエイズを発症してしまい、出所することになりました。あらゆる治療を試みたものの、根本的な治療はありません。
自分を沼から救ってくれた恩人が、愛する人が、間もなく目の前からいなくなってしまう。
例えば自分がリョウのような立場になった時、愛する人との短い時間をどのように過ごせば良いのでしょうか。
リョウは、残りわずかな静香との時間をできるだけ楽しく、穏やかなものにしたいと感じました。
リョウにとって静香は最愛の存在です。死んだように淡々と日々をやり過ごしてきたリョウに「娼夫」という手段を与えてくれ、人としての心を持つ素晴らしさを与えてくれました。
だからリョウは、娼夫として育ててくれた静香に自分の姿を見てほしい、触れたい、抱きたいと提案するのです。
愛する人に触れることで感じる「生きる」喜び
愛する人がもうすぐいなくなってしまう。けれど、その人に触れることで自分の命も危ぶまれてしまう。
相手に対する愛の重さが問われた時、私たちはどのように立ち回れるのでしょうか。自分の命を守りながら、できる範囲で相手に触れること。それも大切な愛であると私は思います。
いなくなる立場からすれば、自分の存在が相手を死に追いやるきっかけになるかもしれないなんて、死んでも死にきれないでしょうし。
一方でリョウが選んだ愛し方は、静香に対して「生きている」ということを最期に教えてあげています。
静香は、リョウと交わるあいだ「自分の身体をとおして誰かを感じて、何かを分け合うこと」と語っています。
残り少ない日々の中、日常の何気ない「生きる」という喜びを、愛する人に触れることで改めて感じられた静香は、とても幸せな最期であったのではないでしょうか。
ロウソクの火が消えるように、愛する人の命が消える時。相手への「触れ方」が問われます。
どのような形であっても後悔のないよう、どのような形になっても感情と理性をコントロールして、大切な人と接したいものです。
(文・イラスト:いしいのりえ)
※この記事は2022年02月12日に公開されたものです