『おっさんずラブ』から考える、正反対の者同士が結ばれる理由
あなたには、夢中になった恋愛ドラマがありますか? 泣いて、笑って、キュンキュンして、エネルギーチャージした、そんな思い出の作品が。この企画では、過去の名作を恋愛ドラマが大好きなライター陣が、当時の思い出たっぷりに考察していきます。
※このコラムには「おっさんずラブ」結末のネタバレが含まれます
2018年4月。そのドラマは、土曜日の深夜にひっそりと放送開始された。
しかし、誰が予想していただろう。放送が始まって間もなくSNSでバズを巻き起こし、映画化が決まり、ドラマ名が「新語・流行語大賞2018」のトップ10にノミネートされるなんて。
今回紹介する作品は、2018年を代表する恋愛ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)。
プロデューサーの貴島彩理氏は、当時まだ20代だった。「男同士の萌えというより、男女の恋愛と同様に“恋愛ドラマ”を描く」という起点から、本作を手がけたという。
ドラマでは、不動産会社「天空不動産 東京第二営業所」を舞台に、登場人物たちのさまざまな胸キュン純愛ストーリーが繰り広げられる。
性別や年齢、過去の恋愛トラウマなどで悩みながらもまっすぐに恋をする彼らは全員、不思議と応援したくなる魅力がある。
その中でも物語の核となるのが、主人公・春田創一(田中圭)と、後輩・牧凌太(林遣都)の恋模様だ。
突然のルームシェアから始まった恋
春田創一(33歳)は天空不動産の営業マン。真面目で愛嬌があり、地域のお年寄りからも頼られているが、仕事のミスが多く営業成績も思わしくない。プライベートもズボラで、実家暮らしが長すぎるあまり家事は母親に任せきり。おまけに女性からはモテない。
そんな春田が働く天空不動産 東京第二営業所に、社会人4年目の牧凌太(25歳)が本社から異動してくる。若くして本社で豊洲地区の再開発を手がけてきた牧は、仕事だけでなく家事も完璧にこなすエリート男子。
一見正反対の2人だが、この偶然の出会いが運命を変えていく。
ある日、だらしない息子に愛想を尽かした母親が家を出て行き、突然の一人暮らし状態になった春田。当然家事はできるはずもなく、近所の居酒屋やコンビニ弁当で空腹を満たす日々。そのタイミングで牧も、営業所に近い低家賃の部屋に引っ越しを検討していた。
お互いの利害が一致した2人は、すぐに春田の実家でルームシェアすることを決めるのだった。
牧は元々、恋愛対象が男性という性的指向を持っていた。春田と同じ家で暮らし、仕事でも一緒に営業回りをする中で、自然と好意を抱くようになっていた……が、それを表に出すことはなかった。
しかし、とある一件がきっかけで牧の恋心は爆発する。それが、営業部長・黒澤武蔵(吉田鋼太郎)から春田への猛アプローチだ。
黒澤は妻と結婚30周年を迎えたにもかかわらず、直属の部下でもある春田(黒澤は愛情を込めて「はるたん」と呼ぶ)に10年前から恋をしていた。その想いを悟られないように過ごしていたが、春田を隠し撮りしていたことが本人に知られ、開き直ってアタックを始める。
それに気づいた牧は、春田が黒澤に取られるのではないかと焦り、温めていた恋心をあらわにする。自宅でシャワーを浴びている春田に突然キスをし、職場では恋敵・黒澤と殴り合いの大喧嘩にまで発展。
直属の上司と後輩……2人の男性から同時に恋の矢印を向けられた春田は大混乱。最初は「どちらも付き合うのはありえない」と嘆いていたが、次第にその心は、一つ屋根の下で一緒に暮らす牧へと傾いていく。
正反対の春田と牧がハッピーエンドを迎えた理由
元々、春田の恋愛対象は女性だった。自分でも「俺はロリ巨乳が好き!」と言い張るほどに。しかし、牧と一緒に暮らしているうちに、その恋愛観は少しずつ変化していく。
毎日のように、ズボラな春田のために手料理を作ってくれる牧。たまにささいなことで口喧嘩をしつつも、牧の春田に対する行為すべての根底にあるのは“思いやり”だった。
ある時、2人がルームシェアを解消するという事件が発生するのだが、その解消期間中、ふと冷蔵庫から「春田さん用 晩ごはんカレー」という付箋が出てくる。
その瞬間「帰り遅いんで、夕飯は冷蔵庫のカレー温めて食べてください」という牧の言葉がフラッシュバックし、春田は牧への想いを再認識する。
そして牧もまた同様に、真逆の性格を持つ春田に救われることになる。
先述したように、牧は思慮深いが、その分ひどく繊細だ。自分の素直な気持ちを言葉にするのが苦手で、蓋をしてしまうことがある。
晴れて春田と付き合うことになっても、“男同士”という点で将来や世間の目を気にして、「自分とこのまま一緒にいても春田さんは幸せになれないのではないか」ということばかり考えてしまう。そんな牧は思い詰めすぎるあまり、突然別れを告げる。
春田が「(別れの理由を)言ってくれなきゃ分かんねぇよ!」と涙ながらに問い詰めても、牧は断固として本当の理由を言わない。それどころか「俺は、春田さんのことなんか好きじゃない」と嘘をつき、わざと突き放す。
この破局が先ほどのルームシェア解消事件につながるのだが、もし春田が牧と同じような思慮深く繊細な人間だったら、このまま2人は遠慮し合い、離れ離れになって終わっていただろう。
しかし、春田はタフであり、バカがつくほど正直でまっすぐな人間だ。別れてから1年後、最終的に牧への想いを再認識した春田は、飛行機で旅立つ直前の牧を追いかけ、絶叫する。
「お前はいっつもさ、そうやって、勝手に決めるなよ! 俺は、お前とずっと一緒にいたい! だから、俺と、結婚してくださーーーーい!!」
ストレートすぎる告白に、牧は思わず笑う。ここまでされたらもう、自分の気持ちも隠さなくていいやと吹っ切れたのだろう。2人は復縁し、また一緒に暮らすことを決めた。
世間一般的に「似た者同士が惹かれ合う」というのはよく耳にする。趣味や育った環境など、共通点が多い者同士が意気投合するのは確かに納得がいく。
しかし、付き合ってからうまくいくかどうかはまた別だと思う。今回紹介した春田と牧の関係性から考えると、気持ちに蓋をしがちな牧は、気持ちをストレートに伝えてくれる春田がいたからこそ、最終的に自分をさらけだすことができたのではないか。
人間は誰しも完璧ではない。だからこそ、自分とは性質が異なるパートナーと一緒に過ごし、お互いに足りないものを補い合うことで、安心したり、学びを得たり、強くなれたりする。
そして自分もまた誰かにとってそういう存在でありたいと、『おっさんずラブ』を見て改めて思った。
(編集・文:高橋千里、イラスト:タテノカズヒロ)
※この記事は2021年08月21日に公開されたものです