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北千住から。何度でも東京を生きる #東京と働く。

「東京してる」って実感にどきどきするのは、私が東京の一部になれてないからなのかもしれない。深夜2時のモントークも、銀座駅から見上げる地上も、六本木ヒルズで観るくだらない映画も。ぜんぶ、ぜんぶ、ここで生きる誰かの大事な「トーキョー」。東京で働く女たちのストーリーを集めた、東京オムニバス連載。

何度死んでも、ここは東京、どこまでも行ける地平線。

金曜、20時の北千住。はるばる東京の端まで遠出して、”知る人ぞ知る系”の中華料理を食べる。

円卓を囲むのは時計回りに、デザイナー、ディレクター、塾講師、放射線技師、プレス、ライター、編集 (私)。横文字がやや多めだが仕事はそれぞれ。これだけ聞けば合コンかと思われそうだが、そうじゃない。気兼ねしない仲間たちだ。

その共通点をあえて探すなら、趣味が近しい。そして、誰もがぱっと見にシャレた感じ。もしくは、ブレないスタイルがある。でも、それは当然だ。ここは、自分らしくなきゃ名前を失う街、“東京”なんだから。

隣の女子が紹興酒をひと舐めしながら「田舎には、こんなカッコイイ人たちもいなかったし、素敵なお店もなかったもの」と忌憚なく言った。「なかった」と言い切るのは乱暴だけれど、概ね同感。今日、中華を食べていても明日はフレンチが食べられるし、来週はロシア料理でも割烹に行ってもいい。ああ、東京ってどうして個性的で洗練されたお店がこんなにも無限にあるのか。

それで、たぶん、彼女の言う”カッコイイ人たち”とは、イケメンとか美女ってことじゃない。今日ここに集まったような、知ることに貪欲で五感を喜ばせることに純粋な人たち。そんな人が多い街だから、食べ物に限らず、何を着ようが、どこに行こうか、一事が万事、選択肢が無数にある。選び放題の贅沢を、自分の稼ぎで勝ち取る東京の夜は、最高に楽しい。

ただし、つらい日があるのも、そんなカッコいい人たちのせいだ。

誰もがアホみたいにマニアック。美味しいお店、注目している音楽に映画、最近ハマっているネットフリックスにラジオまで、その知識の深さには舌を巻く。しかも話し上手のコミュニケーションモンスター。

私だって、1日に10件は取材の電話をかけて、一週間に20回は打ち合わせでカフェに入り、一カ月に100 枚の名刺を交換する。足繁く映画館にも通うし、素敵なお店が開店すると聞きつければ友人と出かけていく。コーヒースタンドも純喫茶も大好き。ライブは毎日どこかで良いのがやっていて、自分の稼いだお金でBillboardもCOTTON CLUBも行ける。凄まじい情報量を浴びているはず。こんな生活はそのまま仕事の企画書に生きるし、結果的に、”東京のカッコイイ人たち”と、同じ言語で話せたりもする。

だけど、「もっと知らなきゃ」なんて義務感が一度生まれたら、ツラい夜はすぐそこだ。知らなければいけないという脅迫観念が押し寄せる。スマホのブックマークが読み切れないくらいに増えて、スケジュール帳の余白も足りなくなって、そうしているうちにいつの間にか情報の渦に巻きとられる。気づけば、磨耗して、疲弊して、帰宅したらベッドに倒れこむようになるんだ。選択肢の多さは、無知の裏返し。自分が拙く感じられると、とうとうぼんやりと無気力になるような夜が来るのだ。

東京の荒波に殺されかけて、死んだように家のベッドに身を沈める日に想像する。

もしも実家で100歳まで暮らしたとしよう。その人生ですれ違う人数、飲むコーヒーの杯数にお酒の種類、見る映画と展示の数……。東京で3年働いただけで、その全てを浴び切ったかもしれない。一気に100年ぶんも駆け抜けて、もう東京で死んだようなものだ。生きながらえるゾンビよろしく、まだ前のめりに斬新なアイディアを求めて考え続けなきゃいけないの?

東京という海の広さと、見きれぬ深さ。浅瀬にいても呼吸は苦しく。

いつも刺激に気を取られ、焦点を合わせるのも難しい。

それでも、寝て起きれはば気を取りなおす。だって、いくら情報洪水の被害者ぶっても自分でここを選んだから。

地元を退屈がって、東京に憧れて進学して来て、いざ卒業となった時に帰郷しなかった人たちみんな、「田舎にはかえらない」 と強い意志をもって“もう一度”ここを選んだはずだ。たとえ、丁寧な暮らし、ミニマルな生活、そういうものを口では羨ましがっても、明日そうしないなら、言うだけ傲慢なんだよ。この渦に揉みしだかれるのは、選び放題の暮らしをする人の責任だ。苦しい心地がしたぶん、楽しさとの振れ幅は大きくなるばかり。涙脆くもなるし、よろこびやすくもなる。つらい夜と代わる代わる、すごく楽しい夜が来るから東京はやめられない。

今日東京の東端にいても、来週はまたどこか違う場所で見たことのないものを食べたい。自分とは違う仕事の話を聞きたい。独創的すぎると笑いたい。全て見きれないのは、もうわかっている。けど、見られるものは全部見たい。広く、深く、見渡したい。強欲上等。コンプレックスも丸呑みにして、明日も堂々と名前を名乗って働けばいい。

何度死んでも、ここは東京。

全方位に街は伸びて、山手線は円を描く。

どこまでも行ける地平線。


(ドサンコ)

※画像はイメージです

※この記事は2020年02月28日に公開されたものです

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