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男性とケンカすると効果大! 大阪の遊女から学ぶ、男性との愛を深める恋愛テクニック

堀江 宏樹

女性江戸時代、幕府から公に営業を認められた遊郭は日本に3つしかありませんでした。江戸の吉原、京都の島原、そして大坂(現在の大阪)の新町です。

大坂の新町遊郭は、現代では知名度が低いかもしれませんが、他の遊郭街が経営難の時代も人気を保ち続けました。建物の豪華さや、大坂都心部にあるというアクセスのよさ、さらには遊女の接客がツボを得ており、「高い金を払っただけのことはある!」とお客に思わせる満足度の高さで素晴らしかったからなのではないか……と筆者には思われます。まぁ、ある意味、現代の大阪人がお店の類に求めるコトと変わりありませんね。
新町遊郭についての知るために、濃い内容の一冊があります。そのタイトルが『難波鉦(なにわどら)』。「ナニワのどら息子」的な意味のタイトルで、酉水庵無底居士と名乗る匿名の作家による作品です。この書物、実は興味深い恋愛論なんですね。
モテたいお客が遊女に、遊郭にまつわる様々な豆知識や、「粋な客と思われるには……」などの実践的なアドバイスを求めるという興味深い内容なのです。―言でいうと、大坂の遊女は、他地域の遊郭の遊女よりもお客にもかなり素直に、本音で接していることがわかります。

『難波鉦』は、ある裕福な商人の息子が親の目を盗んで大坂・新町遊郭に遊びに来るシーンではじまります。が、この「馴染み客」の男性が来店早々、彼のお目当ての高橋太夫という遊女は「別のお客さんに、営業の手紙書かなきゃいけない」「あの男を惚れさせてやるわ」などと、本音をいきなりブチまけるという大胆な行為に出ます。
これは男性の嫉妬心を煽り、「彼女を取られたくない!」と思わせるための方便なんですね。大坂の遊女がお客の気持ちをもりあげる裏技のひとつが、客にケンカを売ることなんです。

これには理由があります。遊女がお客をアテンドできる時間や空間は、限定されています。遊女は借金のカタに売られて来た身ですから、遊郭を自由に出ては行けません。
また、お客を濃密に接客して過ごせる時間は(主に)夕方から朝方までで、睡眠時間や、芸者などを同席させて飲んで騒いでの時間を除けば、3~4時間程度しかないわけです。
こういう条件下でマンネリを避けるため、遊女は馴染みの男を時々、わざと怒らせたようです。相手の誠意を疑ったり、しつこく嫉妬して見せたり、スネたり、他の女性のことがホントは好きじゃないの、と言いまくったり。この手の言動を重ねると、お客の男性もイライラして本当にケンカになります。

しかし、ここからが遊女のテクの見せ所。客が怒ると遊女は急に素直になって、男に謝ります。その後、2人は仲直りの印にお布団に入って「愛を確かめ合う」わけですが、これが盛り上がらないワケがありません。

そもそもお客が、庶民男性の一年間の食費にほぼ相当するような高いお金を払って、わざわざ遊郭に来る理由は、性欲の処理などではなく、理想的な相手との恋愛を(幻想でもいいから)経験してみたい!ということです。

しかし現実的には時間も場所も限定されている場合、この手のささいなことからケンカ、それから仲直りエッチという(現代もある種のカップルにありがちな)一連の流れこそが、短時間でも人に充実を感じさせる最短ルートみたいなんですねぇ(笑)。

遊女にとって頼りになる客になる男性は、この手のやり取りが実は好きで、それを繰り返すことで「愛が深まった」と思える思考回路の持ち主だとも言えますが。

大坂に限らず、遊郭では、ヤキモチを焼かせたり、自分が焼いて見せる……なんてことは男性の気持ちをとりこむためのテクの一つです。しかし、大坂の新町遊郭の遊女ほどダイレクトなケンカをも接客コースに取り入れていたところは珍しいかもしれませんね。江戸の吉原の遊女はプライドの高さが売りで、簡単に謝ったりしませんし、京都の島原の遊女は万事がお姫様風でオットリしているのが売り。ケンカは避けたがるでしょう。

一方で、この手のやりとりは翌朝になれば気恥ずかしく思われるのは江戸時代のヒトも同じなはず。こういう理由もあって、大坂の新町遊郭に関する書物は少ないのかもしれません。

(堀江宏樹)

※写真と本文は関係ありません

※この記事は2015年06月13日に公開されたものです

堀江 宏樹

プロフィール歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。

公式ブログ「橙通信」
http://hirokky.exblog.jp/


角川文庫版『乙女の日本史 文学編』が7月25日、幻冬舎新書として『三大遊郭 江戸吉原・京都島原・大坂新町』が9月30日にそれぞれ発売。

 

その他近刊に『乙女の松下村塾読本 吉田松陰の妹・文と塾生たちの物語』(主婦と生活社)、『女子のためのお江戸案内
恋とおしゃれと生き方と』(廣済堂出版)など。文庫版『乙女の日本史』ともども増刷中。

 

監修として参加の、音楽家バトルファンタジー漫画『第九のマギア』(メディアファクトリー)の第一巻も好評発売中!


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