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牛乳はタブー視された飲み物!? 江戸時代の知られざる食文化の歴史

堀江 宏樹

牛乳みなさまごきげんよう、歴史エッセイストの堀江宏樹です。食欲は本能のひとつです。何かを口にいれた瞬間、「美味しい~~」と湧きあがってくる、あの反応。いかにも「本能的」というか、身体の底からの反応のようでいて、実は文化的な価値観によって……つまり、他の「誰か」に決められてしまっているところも大きいのです。

たとえば牛乳は、現在は健康的な飲み物として知られていますよね。さらに牛乳を美味と感じる人も多いでしょう。ところが江戸時代、すくなくとも大都市圏にくらす人達には、口にすることすら憚られる、タブー視された飲み物だったようです。

以前お話したように、牛肉をふくむ肉全般を口にすることは、日本人にとって大きなタブーでした。そのうち牛のカラダから出る乳を飲むことまでタブー視されるほどだったようですね。つまり、殺生を禁じる仏教の教えが日本中に浸透し、肉食全体がタブーとされる中、牛乳自体を飲んだこともない人も増えてしまったのです。

ちなみに平安時代以前のほうが、牛乳に対する感覚は現代的といえます。つまり、健康飲料として、982年に出された医学書『医心方』では紹介されているのですね。この書物の中で「全身の肌をなめらかにし、お通じがよくなり、身体も元気になる薬」として牛乳は紹介され、これは現代人の考える牛乳の効果と似ています。すくなくとも、古代では牛乳を健康と美容のために欠かさない人がけっこういたんじゃないかな、とは考えられるのですが……。

その後、江戸時代、乗船中に海難事故に遭い、ロシア人に助けられた大黒屋光太夫という商人がいました。彼はロシア帝国の領内でしばらく保護されることになり、ロシア人たちの暮らしを通じて、日本とはまったく違う文化や食生活を知ります。大黒屋光太夫は、日本で最初にコーヒーもしくは紅茶を飲んだ人物とされますが、それもロシア人貴族のお茶会に招かれたという日記があるからわかること。

しかし彼はコーヒや紅茶ではなく、牛乳を飲んだ感想しか残していないのです。牛乳を飲んでしまったことが、よほど衝撃だったのでしょう。彼によると、それと知らずに飲んだ牛乳は「甘くて美味しかった」、とのこと。しかし、いったん牛乳だと知ってしまうと、その牛乳から出来たチーズは、気持ち悪くて食べられなかったそうです。価値観が味覚を歪めてしまった例ですね。これは要するに、牛そのものに対して、精神的なアレルギーがある状態です。

さらに、日本人には脂肪分を旨味として感じられなかったのでは……ということも感じます。日本人は肉食を禁じられ、薬として以外に肉を食べない期間も長かったことはすでにお話しました。その間に、脂肪分に対して過剰反応するようになってしまった観があります。昔気質のおばあちゃん、おじいちゃんが「バタくさい」などといって、油っぽい洋食を嫌がっていた記憶……ありませんか? 彼らの反応は、明治時代以前の日本人の感性や記憶をうけついだものだったようですね。

脂肪分を多くふくむマグロのトロなども、江戸時代ではまったく美味しいとされるどころか、ゴミ扱いで畑のコヤシにしかならなかったくらいですから。その話は次回で詳しくお話しますね。


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著者:堀江宏樹
角川文庫版「乙女の日本史」を発売中
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※写真と本文は関係ありません

※この記事は2014年08月15日に公開されたものです

堀江 宏樹

プロフィール歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。

公式ブログ「橙通信」
http://hirokky.exblog.jp/


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