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雑学 働き方

米国のビジネス・スクールでも教えるアレキサンダー大王のリーダーシップ

若くしてマケドニアの国王になり、小アジア、エジプト、メソポタミア、ペルシア帝国、そして遠くインドにまで勢力を拡大した彼のリーダーシップは、米国のビジネス・スクールでも教えられている内容とはどんなものなのでしょうか?

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●アレキサンダー大王とは?
アレキサンダー大王(アレクサンドロス 三世とも呼ばれる)は、紀元前356年~紀元前323年まで生きた(満32歳で没)英雄です。後世のジュリアス・シーザーやナポレオンなどにも英雄としてあがめられ、多くの影響を与えたといわれています。

●ビジネス・スクールで教えられる、アレキサンダーのリーダーシップ
アレキサンダーは若くして国王になり、広く勢力を伸ばしていきます。そのアレキサンダー大王のリーダーシップが、カーネギー・メロン大学など有名な大学のビジネス・スクールで教えられているのはなぜでしょうか?

●アレキサンダーと学友たち
アレキサンダーの父フィリポス二世は、マケドニアの国王として君臨する独裁者でした。頭の良い息子アレキサンダーに大きな期待をかけて、英才教育をしました。有名な哲学者アリストテレスをアテネから呼んで、アレキサンダーと、同世代の少年たちに教育を施しました。

フィリポス二世の没後、若いアレキサンダーがマケドニアの王になると、一緒に教育を受けたこれらの少年たちが、アレキサンダー大王の補佐役として活躍します。

●戦略を考えたアレキサンダー
世の中のリーダーは絶えず問題解決に頭を巡らせています。その時に、現状を分析して、戦略を組み立てるという作業が必要です。アレキサンダーの場合も例外ではありませんでした。むしろ、それを積極的に行っていました。

彼にとっての最大の敵ペルシア帝国に向かっていた時、軍の食糧輸送に海路の確保が必要でした。敵のアケメネス朝ペルシアのダレイオス三世は、無敵の海軍を持っていました。アレキサンダーにはそれに対抗するだけの海軍を用意する時間も労働力もありませんでした。

そこで、彼が考えたのは敵の艦船の真水の水源をおさえることでした。河川や泉などを軍でおさえ、おさえられないところは毒を投げ入れました。ペルシアにとって、最後の頼みは都市国家チュロス島でした。ペルシアはチュロスを欲しがると読んだアレキサンダーはチュロス島を制圧しようとしました。

しかし、このチュロス島は、かつてペルシアの包囲網を十年以上も耐え抜いた難攻不落の要塞でした。アレキサンダーが進軍するには、このチュロスを攻略するか、真水をペルシアに渡さないよう説得する必要がありました。

チュロスはこの説得には乗りませんでした。ペルシア軍と同じように艦隊で包囲しても無駄であることが分かっていました。

そこでアレキサンダーは、自らの得意技である陸軍で攻める方法を考えました。島までおよそ1キロを埋め立てて、チュロスの城壁を崩し攻略に成功したのです。アレキサンダーは、自軍の強みを最大限に生かし、島を攻略するために発想の転換をしたのです。

そして7カ月という期間をかけて辛抱強く埋め立てをしたのです。

アレキサンダーの卓越したところは、以下の3点に集約されるのではないでしょうか?
1.最大の敵ペルシア攻略の鍵は、艦隊の真水の補給源を断つことであるという分析
2.従来の発想を捨てて、自軍の強みを最大限に発揮できる戦略を編み出した(埋め立て)
3.戦略を粘り強く実行するリーダーシップを発揮した

現代のビジネスに通ずる点が多々ありそうです。

(文:深山敏郎/(株)ミヤマコンサルティンググループ/コミュニケーションズ・スペシャリスト)

■著者プロフィール

著書:「できるリーダーはなぜ『リア王』にはまるのか」~100冊のビジネス書よりシェイクスピア~ 青春出版社刊。コミュニケーション改善の請負人として、高級ホテル、外食チェーン、外車ディーラー、IT企業など、20年で延べ4万人あまりを直接指導。夢は、英国でシェイクスピア芝居を英語で上演すること。
http://www.miyamacg.com/
お問合せ先:info@miyamacg.com

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