アナウンサーになりたかった私が、7年かけて見つけた新しい光
「ZINEを作る人にインタビューをして、それを集めたメディアを作りたい」先日、Xに投稿しました。これはたった一行のポストですが、打ち込んで投稿ボタンを押すまでに、何年もかかったような気がします。
「ZINEを作る人にインタビューをして、それを集めたメディアを作りたい」
先日、Xに投稿しました。
これはたった一行のポストですが、打ち込んで投稿ボタンを押すまでに、何年もかかったような気がします。
夢を口に出すことが、ずっと怖かったからです。そんな私が変わったきっかけについて紹介させてください。
夢を語っては、こぼれ落ちていった日々
少し、昔の話をします。
大学生のころ、今から7年ほど前です。私はアナウンサーを目指していました。東京、大阪にある大きな局から、地方都市にある小さな局まで、とにかく夢を叶えるために片っ端から選考に挑みました。
希望は叶わず、夢は破れ、私は異なる職種で就職しました。そして、夢について一切語らなくなってしまったのです。
違う仕事についてから、何をやりたい?達成したい目標は?と尋ねられても、うまく答えられない日々が続きました。それは、まだ胸のどこかにアナウンサーになりたかった気持ちを抱えていたからというのもありますが、夢を語ることに恐怖を覚えるようになってしまったのが大きな理由です。
夢を口に出すと、叶わなかったときに、とても惨め。そして、あの夢を語ったときの高らかな声の響きを思い出すたびに、叶えられなかったという事実が私の胸を深く刺す。
だから、小さな光を見つけても、そこに向かおうとしない。もちろん、光の話はしない。弱い弱い自分の心が、折れてしまわないように。そんな人生を、これからも送るのだと思っていました。
そんな私が変わりはじめたきっかけは、今年5月、女性向けのキャリアスクール・SHElikesに入学したことでした。そこでは、キャリアカウンセリングやグループワークを通じて、「理想の私」について考えるタイミングがありました。
私ひとり上手く表現できない中で、周りの受講生たちのキラキラと輝く、凛とした言葉に圧倒されました。
「在宅勤務の仕事に就きたい」「デザイナーになりたい」「起業したい」
かっこいいと思うと同時に、自分がちょっぴり恥ずかしくなりました。
挫折を理由に、光を追わなくなったこと。光を探さなくなったこと。光について言及しなくなったこと。もったいないのでは?と気づき始めていました。
さらに、キャリアカウンセリングの中で、カウンセラーさんからはこのような言葉をいただきました。
「ひとりで10人分くらい頑張ってますね」
本業の会社員、副業のライティングやSNS運用、合間にしている勉強。どれも、自分で決めたことだからやり切ろうと思っていただけで、「頑張っている」と認めることができていませんでした。ですがこう言われたことで、私は客観的に見て頑張っているんだ、と納得することができたのです。
そしてふと思ったのです。私はアナウンサーになれなかったのに、なぜ今も頑張ることを続けているんだろう、と。
よく考えてみれば、アナウンサーという職種に就くことは、私にとって手段でしかありませんでした。アナウンサーになることそのものが本質なのではなく、「アナウンサーになって伝えたり表現したりする中で視聴者にきっかけを授けること」が本当にやりたいことでした。
私は光を見失っていただけで、本当はずっと追いかけていたのかもしれません。それは、「伝えることや表現することで誰かにきっかけを授ける」という光です。
言葉にしたら、世界が少し優しくなった
光の正体に気づいたからといって、すぐに夢を語れるようになったわけではありませんでした。それでも、SHEで過ごす日々は、私に小さな練習の場をくれました。
最初は、夢ではなく、悩みでした。受講中にうまくいかないことがあって、半ば独り言のように、コミュニティに書き込んだのです。忙しい方が多いし、あまりに些細すぎる質問だから誰も返してくれないだろうと期待はせずに。
ところが、すぐに反応が返ってきたんです。それも、ちゃんと私の状況に寄り添ってくれる言葉でした。
私はひとりじゃない。夢を叶えようと頑張っている沢山の仲間がいる。
そう思えたら、その仲間たちともっと遠くに行きたくなったのです。
アナウンサーになれなかった私が、新しい夢を語る
そして、冒頭のあの一行に戻ります。
「ZINEを作る人にインタビューをして、それを集めたメディアを作りたい」
ZINEというのは、個人が自由に作る小さな冊子のことです。書きたい人が、書きたいことを、好きなように表現する。その自由さが狂おしいほど好きなので、そんなZINEの制作者さんたちの声を集めたポータルサイトがあったらいいのになと思っていました。そして、願わくば、それを作るのは私でありたいとも。
投稿ボタンを押すときは、やっぱり怖かったです。あの頃のように、また「夢には届かない」と突きつけられるんじゃないか。恥ずかしい思いをするんじゃないか。指が止まりかけました。
それでも、押しました。今の私は、ひとりじゃないと知っていたから。
光はずっとそこにあった
今振り返ると、私は夢を失っていたわけではなかったのだと思います。
アナウンサーという入り口が閉じたとき、私はその奥にあった光ごと、見ないようにしていただけでした。光を追えば、また届かないかもしれない。だったら、最初から探さなければいい。そうやって目を閉じているあいだも、光はずっと、私の足元を照らし続けてくれていたのに。
ライティングを学んでいるのも、SNSで言葉を綴っているのも、ZINEを作る人に会いに行きたいと願うのも、ぜんぶ同じ光から伸びた線でした。形は変わっても、私はずっと「伝えること」「表現すること」で、誰かに何かのきっかけを渡したかった。アナウンサーになれなかった私は、夢に破れた私ではなく、夢のかたちを変えて、まだその途中にいる私だったのです。
それに気づけたのは、私ひとりの力ではありません。「ひとりで10人分頑張ってますね」と言ってくれたカウンセラーさん。不安なことにすぐ寄り添ってくれた仲間。そして、たった一行の夢に「いいね」を押してくれた、顔も知らない誰か。
ひとりで抱えていたら、私はきっと、今も光から目をそらしたままだったと思います。
夢は広げて育てよう
夢を口に出すことは、叶わなかったときに傷つくリスクでしかない。アナウンサーになれなかった日々を経て、そう思い込んでいました。
でも今の考えは違います。夢は、言葉にしたり口に出したりすることで、誰かと一緒に育てられるものになる。ひとりで握りしめている夢は、安全な場所にあるように見えますが、決して大きくはなりません。手を開いて、誰かに見せて、背中を押してもらって?…そうやって少しずつ、夢は育っていくのだと思います。
2026年の上半期、私が見つけたいちばん大きな変化は、新しいスキルでも、肩書きでもありませんでした。
もう一度、夢を口に出せるようになったこと。それだけで、私の世界は、少し違って見えはじめています。もしあなたも、変わりたいと思っているなら。まずは夢を語ることから始めてみませんか?
本記事はSHElikesの受講生を対象とした「SHEライターコンペ」の採用作品です。(執筆者 しゅかぴろさん)
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※この記事は2026年06月29日に公開されたものです
