「他人の不幸は蜜の味:シャーデンフロイデ」で自分のホンネを探る

人の不幸ってなぜかいけないと思いつつ、どこかで楽しく感じてしまうことがありませんか? 日本語で俗に言う「他人の不幸は蜜の味」は、まさにこのことになります。今回はこの「他人の不幸は蜜の味」はどういった心理なのかご説明していきます。
【本当の不幸は困るけど… 男の好物は“不幸そうな女”】
シャーデンフロイデとは
「他人の不幸は蜜の味」という言葉、ドイツで同じようなことを意味するシャーデンフロイデといった言葉があります。シャーデンフロイデとはドイツの単語の名詞になり、他人の不幸や苦しみ・悲しみ・失敗を知ったときに生じる、快い感情のことを意味します。
分かりやすくいうと、人が失敗したときに感じる、「ざまあみろ」という感情のことを意味します。
どうしてそういった感情が起きるのか
人にはどうしても、他人のことをうらやんだり、ねたんだり、嫉妬してしまう感情をもっているものです。そんなこと考えてはいけない!と思えば思うほど、幸せな人が不幸になってほしいと願ってしまうものです。
人の幸せな姿を見たとき、シャーデンフロイデが湧き上がることもあります。シャーデンフロイデは人の感情の一つでもあるため、抑えることはできません。自然と生まれる感情のため、受け入れるしかできないのです。
自分がどうありたいかわかるきっかけにも
シャーデンフロイデを感じたときは、自分がありたい姿というのが見えるきっかけにもなります。人の不幸や失敗を喜ぶ姿というのは、考え方によっては、自分が人の不幸や失敗を一緒に悲しんであげる余裕がない状況と言えます。
シャーデンフロイデを感じるようになったら、自分自身がなにかしらのサインを発していることに気づきたいものです。サインに気づくことで、自分がどうありたいかを教えてくれているということになります。
シャーデンフロイデは怒りや悲しみと同じように、どんな人にでも備わっている感情のため、恥じる必要はありません。シャーデンフロイデを感じることによって、自分自身の現在の気持ちや体調の変化が分かる合図にもなります。
シャーデンフロイデは人間なら誰しもが抱く感情のため、気をつけていても、ついこの感情を抑えれないこともあります。シャーデンフロイデを感じるときは、自分自身に異変があると考え、自分自身をしっかり見直してみるようにしましょう。
※この記事は2014年03月31日に公開されたものです