もしもタコ墨パスタを作るなら「1人前7,200円超」

タコにいたずらして墨を吹きかけられる。古典的漫画の定番シーンだが、タコ墨の成分はいったい何だろう。
【「たこやき」に入れるとおいしい具材1位「チーズ」2位「もち」】
イカ墨パスタはあるのにタコ墨がないのはなぜか? イカ墨よりおいしくないという話を耳にするが、成分を比較するとうま味ははるかに多い。それなのに料理が存在しないのは、墨の量と取り出す手間ヒマがネックとなり、パスタ1人前が1万円近くになってしまうからだ。
タコ墨でファイト一発?
イカやタコが敵から逃げるときに墨をはくのはご存じだろう。イカの墨は粘りが強く、海中で等身大のかたまりを作り「分身の術」で逃げる。対してタコ墨は広がって視界を奪う「目くらましの術」と、同じ墨でも性質が違う。
漆黒の液体にはどんな成分が入っているのだろうか? 日本調理科学会のデータから墨に含まれるおもなアミノ酸と、スルメイカ、イイダコ、マダコの墨100gに含まれる量を順にあげると、
・タウリン … 374.2mg / 122.1mg / 451.4mg
・アルギニン … 17.1mg / 105.3mg / 47.2mg
・アスパラギン酸 … 8.7mg / 42.2mg / 26.0mg
・グルタミン酸 … 24.4mg / 74.4mg / 71.8mg
と、全般的にタコ墨の方が多い。
栄養ドリンクでおなじみのタウリンはコレステロールを下げ、アルギニンはアンモニアの分解を促し、どちらも疲労回復に貢献する。うま味成分で知られるアスパラギン酸とグルタミン酸のほか、サプリメントにも使われるオルニチンなど30項目以上をトータルすると646.9mg / 1,083.9mg / 1,075.4mgとなり、アミノ酸はタコ墨の方が1.5倍ほど多いのだ。
さらに別の資料をみると、貝類のうま味物質であるコハク酸、水産物の甘味に関わるベタインもタコ墨の方が最大2倍ほど多い。美味しさも栄養も圧勝だ。
すごいぞタコ墨。おやつに毎日一気飲みさせてくれ!
タコ墨パスタはセレブ限定?
栄養もうま味も多いのに、タコ墨が食卓に上がる機会が少ないのはなぜか? これは取り出し方と量がネックになるからだ。
イカをさばくには、まず筒状の胴体から足を引き抜くのが標準的で、足と一緒にワタ(内臓)も出てくるため簡単に処理できる。このときイカ墨タンク・墨汁嚢(ぼくじゅうのう)も付いてくるので、破かないように切り離せば完了だ。
対してタコは足を切らず、胴体との隙間からワタを引き出すのが一般的で、手間も難易度もはるかに高い。しかもキモ(肝臓)に埋もれているため墨だけを取り出すのは難しく、残念ながらそのまま廃棄されてしまうのが現状だ。
墨の量も異なり、標準サイズ1匹でパスタ2人前程度が作れるのがイカのメリットだ。東京海洋大学客員准教授・さかなクンの著書によると、コウイカは特に墨の量が多く、漁師さんは墨を吹き出させてから船に積むという。
このひと手間を惜しむと、粘度の高い多量の墨で船が汚れ、落ちなくなってしまうそうだ。
古代、コウイカの墨はインクや染料に使われたのは、多量に取り出せるのも一つの理由だろう。あせた写真の色を指すセピアはイカ墨から作った染料を意味し、しかもコウイカの学名がセピア(sepia)なのは偶然の一致ではない。
タコ墨パスタを作るには、どれくらいのタコが必要なのか?うま味も栄養も豊富なイイダコ墨を使いたいところだが、残念ながら墨汁嚢の大きさを比較するデータがなかったので、
・マダコ … 800g
・イイダコ … 100g
・イカ1匹の墨の量 … パスタ2人前
・マダコの墨の量 … イカの10分の1
で、タコの体重と墨の量は比例すると仮定すると、2人前のパスタを作るにはイイダコ80匹が必要になる。タコの消費量が多い香川県のwebによると、市場価格は1kgあたり300~500円なので、あいだの400円で計算するとイイダコだけで3,200円に及ぶ。
目が飛び出るほど高価ではないが、墨と具のタコ(もちろん食べる)だけで1人前1,600円では手ごろとは言い難い。
さらに、墨袋を取り出す作業は困難を極める。体長20cm程度あればなんとかなるだろうが、5cmほどのイイダコを、墨袋を傷つけずさばくのは、修行を超えて罰ゲームの世界だ。1匹100gを5分でさばいても400分、10分かけたら13.3時間もかかり、時給900円なら1万2千円かかってしまう。
パスタなし状態で1人前7,200円超では、至高のメニューに載りそうだ。
まとめ
「イカ墨のほうが美味しい」という定説が崩せて、タコも喜んでいるに違いない。
もとよりタウリン豊富なタコの「タコ墨和え」なんて料理が登場するのを期待しよう。
(関口 寿/ガリレオワークス)
※この記事は2014年02月04日に公開されたものです