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2022年09月05日 07:15 更新

お母さんが「母乳育児できなかった」と喪失感を抱えない世の中にしたい【小児科医のメッセージ】

「母乳育児できなかったから子供に申し訳なくて」「育児用ミルクを使っているなんて言えない」、そう自分を責めてしまうお母さんたちがいます。それはなぜなのか、その苦しみをなくすにはどうしたらいいのか、森戸先生にうかがいました。

母乳育児の話が話題になる理由

(photoAC)

母乳育児の話は、インターネット上でもリアルでも話題になりやすいものです。

その理由のひとつは、母親個人の身体にもかかわるプライベートでデリケートな話なのに、反論の余地のないこととして事情を知らない人からも正論を押し付けられがちだからでしょう。特に近年は「母乳で育てないと」といった風潮がとても強いですね。

もうひとつは、誰でも自然に十分な量の母乳が出てトラブルなく上手くいけばいいのですが、そうとは限らないからです。また産後すぐの疲れた状態での授乳は、大抵のお母さんにとって大変なこと。なのに、母乳育児をしたい母親のための支援は十分ではありません。

さらには母乳や育児用ミルク、授乳に関しては驚くほどデマが多くあり、中には産院で「授乳間隔は必ず3時間あけて」などといったお母さんたちを戸惑わせる間違った指導をされているケースもあります。なお、本当は母乳でも育児用ミルクでも、赤ちゃんが欲しがる時に欲しがるだけ飲ませる「自律哺乳(じりつほにゅう)」が基本です。

これらの要因があわさって、お母さんたちを苦しめているのではないでしょうか。実際に診察室でも、インターネット上などでも、多くのお母さん方から「我が子に母乳育児をしてあげられなくて悪かったと思っています」「母乳育児に必死になりすぎて、つらい思いをしたんです」などという話を聞くことは少なくありません。

私自身も母乳育児の経験者ですが、知らない人に「母乳?」と聞かれることで重圧を感じましたし、授乳が大変すぎて泣いたこともあります。

価値観を押し付けず希望者を支援する

赤ちゃんが生まれて嬉しいはずの時に、こういった苦しい思いをしないといけないのは、どうしてでしょうか。どうしたら、苦しい思いをするお母さんを減らすことができるのでしょうか。

まず、医療者でも一般の人でも、他人に「母乳じゃないと」「母乳育児のために努力をせず、母乳を諦めるなんて」などと価値観を押し付けないことが大切だと思います。

母乳育児をするかどうかは、お母さん自身が決めること。母乳の利点を伝えること自体は問題ありませんが、一つの研究による仮説に過ぎないような利点まで大げさに伝えて危機感を煽るのはよくありません。

また育児用ミルクをけなす必要はないでしょう。確かに母乳は生後5〜6ヶ月までの赤ちゃんにとって、ほぼ完全栄養食です。しかし、衛生状態のよい日本において、現在の技術でできる限り母乳に近づけている育児用ミルクで育てても問題はないのです。

私がこうしたことを伝えたいのは、産後の体調も、育児の環境も、母乳育児によって感じる負担感も、人によって違うから。産後の体調が悪い人もいるし、常にワンオペの人もいるし、産休後すぐに働かなければならない人もいるでしょう。また「不快性射乳反射」といって授乳のたびに気分が落ち込む人もいれば、「産後うつ」で授乳どころではない人もいます。

ですから、やみくもに母乳育児をすすめたり、頑張るように伝えたりするのではなく、母乳だろうと育児用ミルクだろうと、細やかで適切な授乳支援をすることこそが大事だと私は思うのです。

不確かな情報やデマを広めてはいけない

それから医師や助産師はもちろん、一般の人でも、母乳や育児用ミルク、授乳に関して不確かな情報を広めないようにすることがとても大切です。お母さんたちが罪悪感を抱いたり、不安になったりしないように、よくあるデマを挙げておきます。

<母乳育児のほうがIQが高くなる>
以前、母乳育児でIQが上がるという研究が発表されました[*1]。しかし一卵性双生児11000人が協力した研究では、母乳育ちと粉ミルク育ちではIQに差がなかったという報告もあります[*2]。現時点では結論は出ていないと言っていいでしょう。

<母乳を与えないとオキシトシンが出ない>
確かに母乳を与えるとオキシトシンが分泌されます。でも「母乳=オキシトシン=愛情」ではありません。愛情のような複雑なものが一つのホルモンだけに由来するわけがなく、スキンシップでも分泌されます。

<育児用ミルクでアレルギーになる>
母乳をアレルギーを防ぐための万能薬のように言っている人がいますが、正しくありません。むしろ、生後1ヶ月から粉ミルクを少量ずつ飲み続けると牛乳アレルギーを予防できる可能性があるという研究結果があります[*3]。

<育児用ミルクだと病気になりやすい>
確かに母乳育児によって入院リスクが約三倍下がりますが、衛生・栄養状態がよくなり、医療の発達した現代の日本では「育児用ミルクだと病気になりやすい」とはいえません。

以上のように、育児用ミルクを使うとよくないということはありません。母乳育児ができる人は母乳育児を、できない人は育児用ミルクを使えばいいのです。たとえ母乳育児ができなかったとしても、授乳だけが子育てではありません。一生懸命に子育てをしているご自身をいたわって、ほめてあげてくださいね。

参考)
宋美玄 森戸やすみ『産婦人科医ママと小児科医ママのラクちん授乳BOOK』(内外出版社)

参考文献
[*1]Bernardo Lessa Horta Lancet Glob Health. 2015 Apr;3(4):e199-205. doi: 10.1016/S2214-109X(15)70002-1
[*2]von Stumm S PLoS One. 2015 Sep 25;10(9):e0138676. doi: 10.1371/journal.pone.0138676. eCollection 2015.
[*3]生後1ヶ月から普通粉ミルク10mL以上を摂取していると、乳アレルギーが予防できる(SPADE試験)

(編集協力:大西まお)

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