育休中に観たお笑い番組は「おもしろくて、悔しかった」／横澤夏子さんインタビュー【3】 #拝啓、復職前の自分へ

ーー旦那さんは会社員、横澤さんは芸人という共働きですが、家事分担などはどうしていますか？

横澤夏子さん（以下、横澤）　夫が保育園の送りと洗濯、お風呂掃除担当で、私は料理や保育園のお迎えが主です。以前、家事を10個あげて、10から1まで点数を付けあって、可視化させたんですよ。「やりたくないものに10点、軽い気持ちでできるものに1点」というふうに。本来なら家事は10個以上ありますが、とりあえず10個やってみようと。

ーーなるほど！ すごくいいですね。

横澤　そこで照らし合わせると、「意外と夫ってお風呂掃除が1点なんだ！ 私は8点なのに」ということに気づいたんです。そうすると、自然と分担できていました。すごく楽しい作業でしたね。

ーー「夫のほうが意外とこの家事が好きなんだ」という発見は大きいですね。

横澤　知らなかった相手の性格をそこで初めて知る感覚です。お互いに軽い気持ちで家事ができるっていうのも素敵だなと思いまして。

ーーこの発想はどこから得たのでしょう。

横澤　何かの番組だったと思います。研究者の方が「いずれそういうアプリを発売できたら」と喋っていて。それで「うちも点数化してみよう。夫の点数が知りたい」とやってみたら、楽しかったんです。

ーーそういったアプリが浸透したら、家庭が円滑に進みそうですね。ほかに、家庭が円滑に進むツールを使っていますか？

横澤　ネットスーパーと「ファストドクター」にお世話になっています。病院に行かなくても自宅まで来て往診してくれるんですよね。あとはトランポリン（笑）。

ーー子どもが体力消耗してくれて、早く寝かしつけができるという。

横澤　そうです。今はマンション対応で音が静かな商品もあるんですよね。もうずっと跳んでくれてありがたいです（笑）。あとは鼻吸い器！ めちゃくちゃ助けてもらっています。最新型はお手入れも楽で、大人も使えるんです。本当に助かっています！

ーー1人目の復職時のことを教えてください。4，5ヶ月くらいで復帰されたとのことですが、どんな心境でしたか？

横澤　いざ仕事に戻ってみると、言葉も出ないし、会話なんかできないし、空気も読めないし、仕事場にいても子どものことを考えてしまうし、「私ってどんな感じで仕事してたっけ？」と思う状態で。すべてが中途半端な感じに思えて、「何これ。私、大丈夫？」という感じでした。

ーー吉本の劇場でのお仕事でしょうか。

横澤　そうです。10年くらい同じ劇場に立っているのに、復帰後は出番前に心臓が出そうなくらい緊張するんですよ。今までは、出番のギリギリまで先輩と喋って「あ、出番だ、行かなきゃ。じゃっ」みたいな感じで本番を迎えていたのに、産後は「え!? あと何組で私……!?」って。

ーー気が気じゃない心境で。

横澤　ずっとそわそわして、初舞台並の緊張感ですよ。芸人になりたての自分として、またゼロからスタートするという感覚でした。それまでのように戻るのに、すごく時間がかかりましたね。

ーーなぜそんなに緊張感があったんでしょう。

横澤　ずっと人前に立っていなかったし、ずっと子ども相手だったし。時空が歪んでいるというか、“子ども時間”になっていたからですね。ほかにも、時間に限りがあって全力で仕事ができないことや、宿泊ロケなどお断りしなきゃいけないという壁にぶち当たって、「やっぱり仕事と子育ての両立ってできないんだな」とすごく思いました。そういうことにちゃんと打ちひしがれて、「すみません……」という感じになっていましたね。

ーー仕事を断るときは、やりきれなさを感じますよね。

横澤　本当に「はぁ……」とため息が出ますよね。悔しい気持ちの一方で、この仕事を受けたら生活が回らなくなることもわかっているし。「その仕事めっちゃやりたい！ でも、うぅぅ……」と、諦めがつかない。その連続でした。

ーーそういう気持ちと、どう折り合いをつけていますか？

横澤　全部「神様のせい」にしています。スケジュール的にできない仕事は、「神様が『今じゃない』と言っているんだな。私のせいでもないし、子どものせいでもない。神様が言っているんだ」と。

ーーそれは妙案ですね！ 神様の初登場はいつですか？

横澤　『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』（フジテレビ系）のオーディションに、2人目の妊娠8ヶ月で行ったときです。

ーー妊婦さんが『細かすぎて〜』に！ ネタの最後に奈落に落ちますよね？

横澤　奈落に落ちるパターンのほかに、横にはけていくという、落下しない終わり方もあるんです。だから「そのパターンでなんとかできないか」と言ったら、「いやいや、やっぱり落とすのが面白いし、そうなると妊婦さんは落とせないよ」と当たり前のことを言われて、「そうだよな……」と。

ーー番組スタッフはそう言うしかないですよね。

横澤　ここで本当に、「仕事と子育ての両立はできないんだ」と実感しました。

ーー物理的に無理だったと。

横澤　物理的にダメだったけど、「ネタもあるのに！」というもどかしさがあって。でも誰も悪くないじゃないですか。番組も企画も悪くないし、スタッフさんも悪くない。妊娠したことは喜ばしいことだし。そこで「神様のせいだ」と心に決めました。

ーー自分も誰も悪くない世界を作り上げたんですね。

横澤　私は気にしすぎるタイプでもあるので、責任転嫁したほうが楽なんですよね。そうやって、常に逃げ道をめちゃくちゃ探して、いかに楽に考えられるか、いかに心をいっぱいいっぱいにしないか、ということを考えています。ちなみに、私がオーディション会場に入った瞬間、「いやいやいや……！ 無理だよ！」と言われて（笑）。

ーー8ヶ月だと、お腹の大きさも結構目立ちますもんね。

横澤　そりゃそうだよな、と思いつつ、違う形で出られるかもと思ったんですよね。

ーーそんな背景がありつつ、2023年12月16日放送回で優勝を果たしました。

横澤　出演は3年ぶりでした。やっぱり『細かすぎて〜』はテレビにたくさん出させてもらうきっかけをいただいた番組なので思い入れもあり、「私、復帰できたんだ！」といううれしさで、出演できるだけで満足感がありました。

ーー出演していない間は、どんな心境で観ていましたか？

横澤　その前の放送（2023年7月8日放送回）でハギノリザードマンさんが優勝しましたが、そのネタがめちゃくちゃおもしろいと思って。でもその「おもしろい」の先に、「すっごい悔しい」気持ちがあったんです。それで「自分の中に悔しい気持ちがあるんだ」と気づいて。それは、「子育てで出られない悔しさ」とは違いました。なんていうか……4，5年目で『R-1ぐらんぷり』で負けたとき、泣きながら帰ったことがあったけど、そういう悔しさだったんです。「あ、そういう感情、まだ私にあったんだ」と知って、すごくうれしくて。また“自分”に戻って、何かやりたい気持ちがあったんだなあ、って。

ーー芸人としての原動力の存在に気づいたんですね。横澤さんの「○○な女シリーズ」は、ライフステージが変わることでさらに幅が広がりそうです。

横澤　そうそう、「助産師さんっておもしろい人が多いな」と思ってできたネタもたくさんあります。たとえば、「釘を刺す助産師さん」。夫と妊婦健診に行ったとき、「あのねお父さん、生まれてからはお母さんって本当に大変になるから、お父さんがしっかり動いてくださいね。釘、刺しておきます。産後のお母さんのケアをしっかりしてくださいね。釘、刺しておきます」って、夫がはりつけの刑みたいにされて（笑）。めっちゃ釘刺すなあって。

ーー（取材スタッフ、大爆笑） 目の前でネタを見せていただき、ありがとうございます！

横澤　出会う人でネタも変わってくるから楽しいですよね。こういうときに全部思い出せたらいいんですが、日常って流れるように過ぎてしまって、メモを取る時間もないんですよね。絶対にもっとおもしろい人にいっぱい会っているはずなのに、形にならないものが多くて、すごく悔しくて。全力でできていない感じがやっぱりあります。でも、生きているうえでは全力です。風邪をひいてもなんとか全力で乗り越えて、1週間が終わったらもう「パーフェクト！」という考えで、今は生きています。

「復職前の自分に手紙を書くなら、何を伝えたい？」ーーそんな問いに対し、横澤さんが筆を走らせたのは、“今”の自分ががいるからこそ訪れる、頼もしい未来でした。

1990年7月20日生まれ、新潟県出身。高校卒業後、NSC東京港に15期生として入学。2016年、R-1ぐらんぷり決勝進出。「ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ」（フジテレビ系）の常連で、2023年12月16日放送回で悲願の優勝を果たす。2017年に懸命な婚活が実を結び、会社員男性と結婚。2020年2月に第一子出産を公表し、2021年10月に第二子、2023年6月に第三子出産を報告した。

（取材・文：有山千春　撮影：松野葉子／マイナビ子育て編集部）