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2023年08月13日 07:07 更新

「驚き」の先には何がある? “錯覚の研究者”が教える「子どもの研究者魂」に火をつける方法|小鷹氏インタビュー後編

理科が苦手な子も、簡単に科学体験ができる! 自由研究のテーマに「からだの錯覚」はいかがでしょうか?「からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議」(講談社)の著者で、国内では珍しいからだの錯覚を研究する小鷹研理先生に「からだの錯覚とは?」から親子で試したい錯覚体験、自由研究のヒントをうかがう企画、後編をお届けします。

親子でできる!からだの錯覚体験

―― 前回の「3位:ダブルスクラッチ」「2位:ブッダの耳錯覚」に続いて、親子でできるおすすめの錯覚体験1位を教えてください。

1位:不感症の足錯覚

※写真はイメージです

足から所有感が奪われ、自分のものではないような錯覚が体験できます。

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【やり方】

参加する2人が素足となり、下図のような前後に並ぶレイアウトで、両足を交差させてみてください。お互いに自分の目の前の左右の足のペアを同時に触ると、少なからずいつもと異なる感覚が得られます。
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(『からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界』より抜粋)

『からだの錯覚 脳と感覚が作り出す不思議な世界』より

―― 親子におすすめの理由は何でしょう。

小鷹先生 お互いが素足となる必要があるので、気の知れた仲でないとなかなかできません。その意味で家族ならではの錯覚といえます。さすがに僕も授業で学生とやるわけにはいかないので、自分の子供と家で試して遊んでいます。足のサイズが親子で異なるので、子どもと大人が逆転し、親子が相手の(足の)気持ちになれて、家族の仲も深まるかもしれませんね。

―― 成功させるコツはありますか。

小鷹先生 錯覚を主に感じるのは、足をクロスしている前側の人です。相手の足なのに、まるで元気のなくなってしまった自分の足のように思えるはずです。ペアとなった自分と相手の足の甲を、自分の手で横断するように触ってたり、あるいは別の人に触ってもらったりすると、麻痺した自分の足を触っているような、さらに変な感じが味わえるはずです。

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―― 親子ですぐにできる錯覚体験を教えていただき、ありがとうございました。からだの錯覚はとても面白い体験ですね。これを研究することで、どんなことに応用できるのでしょうか?

小鷹先生 ひとつは仮想空間への応用です。僕の研究室では、メタバース空間で現実とは異なる身体のイメージに同化することで、物理世界では気づけなかった新しい身体の運用を獲得することに関心があります。

―― 新しい身体の運用とは、どんな感覚ですか?

小鷹先生 例えば、キュービック体操では、自分の身体を円柱とみなすことで、地面をスムーズに転がるような感覚を簡単に体験することができます。これをさらにすすめていけば、自分が石ころのように地面を転がっていく感覚も得られるかもしれません。

―― 自分が円柱になった感覚が味わえるのですね。仮想空間でできる体験が広がっていくということですね。書籍では、幽体離脱についても解説されていました。 

小鷹先生 幽体離脱や金縛りは長年心霊現象として扱われてきましたが、これらも脳科学で説明できるようになってきました。こうした現象の解明のほかに、痛みの治療へ応用できる可能性もあります。幻肢痛という切断してないはずの手足に痛みを感じる症状には、すでに鏡を使ってもう一方の無事な手足を見せて行う治療が実用化されています。CRPSという外傷が癒えたにも関わらず痛みが残っていたり外傷がないのに痛みを生じる病態や神経痛に関しても、からだの錯覚の研究から治療につながる可能性のある知見が得られています。

―― からだの錯覚を知ることで、いろいろな可能性につながっていくのですね。ところで、先生はどうして「錯覚」をテーマに研究を続けられているのでしょうか。

小鷹先生 からだの錯覚を発見したり体験するときには、自分の中に隠れていた未知の「自分」と出会い直すような喜びと興奮があります。実際、セルフタッチ錯覚は、赤ちゃん時代の「身体の発見」のやり直しという側面もあります。今まで身体に習慣的にベッタリと貼り付いていた「自分」をその都度、はがしているような感覚です。すぐ退屈してしまう性分の自分にとって、30代前半で「からだの錯覚」と出会えたことは本当に幸運でした。

―― そもそも研究者を目指したきっかけは何ですか?

小鷹先生 自分が社会人(サラリーマン)になるということが全く想像ができず、卒業のたびに就職を拒否して大学を転々としていった結果、いつのまにか研究者になっていた、、というのが本当のところです。自分はとても「わがまま」で、「やりたくないことをやらない」ことにかけては、誰よりも頑固だったと思います。研究者や芸術家は、唯一、大人になっても「わがまま」でいられる職業なのかもしれません。自分が現在、そのような立場にいるのは本当に幸運なことだと思います。

―― ちなみに子どものころを振り返ると、どんな子どもでしたか?

小鷹先生 どちらかというとスポーツで目立っていました。小学生のとき学内の器械体操クラブに入って県内のいろいろな大会で賞をとったり、中学生でバク宙ができたり。また小学2年生からリトルリーグにも入部しました。子どもの頃から硬式ボールで将来プロの選手となるような猛者と野球をしていたことは、ちょっとした自慢です。

―― スポーツ少年だったのですね!

小鷹先生 中学校では野球部のキャプテンをしていました。進学校のため伝統的に弱小チームだったのですが、キャプテンとして「7年ぶりの公式戦勝利」を味わえたのは、今でも良い思い出です。

―― それはずごい。運動も勉強もできたのですね。

小鷹先生 実際、自分はやれば何でもできると思っていた時期もありました。高校に入ってからはイギリスのロックミュージックに夢中になって、毎日エレキギターの練習していました。当時は、ストーンローゼズのギタリスト、ジョン・スクワイアのギターソロに夢中でしたね。ただ、楽器に関しては周りに自分より明確に上手い人が何人もいて、そこで初めて、自分の万能感が挫ける感覚を味わいました。はずかしい話、「なんでも望んだものが手に入るわけがない」ということを、高3くらいで初めて理解したんですね。いい意味でも、悪い意味でも、このとき僕はようやく大人になることができたのだと思います。

―― 興味を持ったことは何でもやってみて、いろいろと経験されてきたのですね。

小鷹 今の姿からすると意外におもわれるかもしれませんが、振り返ってみると、子どものころは夏休みの自由研究などには疎遠で、理科もそんなに好きな教科ではありませんでした。多分、成績もよくなかったと思います。でも数学は得意でした。知識や経験が要求されて具体性がある理科よりも、抽象的で論理だけで完結する数学の方が自分にあっていたように思います。数学の中でも、暗記を必要としない整数問題や証明問題が特に大好きでした。極限まで削ぎ落とされたシンプルな問いに惹かれていたのだと思います。からだの錯覚のシンプルさとつながるところがあるかもしれません。

それから「ないがない」とはどういうことか、「死んだらどうなるか」、「宇宙の果ての向こう側には何がある?」みたいなことはずっと考えていました。変なことばかり起きる夢には子どもの頃からずっと強い関心があり、夢の記録をつけていた時期もあります。小さい頃から、夢を生み出す「心」という曖昧でいて具体的なものが、どのように成立しているのかに強い関心があったのだと思います。こうしたことを科学が扱えることを知るのは、大学に入って脳科学の言説に触れるまで待たなくてはなりませんでした。

―― 子どものころから疑問に思っていたことが、大学に入ってから科学とつながったのですね。

小鷹先生 今、理科に馴染めないお子さんにも、自分の中にある「不思議」の感覚を放り投げずに辛抱強く育ててあげてほしいです。大学に行けば、一気に世界が広がって、自分の「不思議」を探究する場所が見つかるはずです。

今回紹介したからだの錯覚の体験は、まずは単なる遊びで構いません。まずたくさん驚いてほしいと思います。そこから一歩先に進むと、いろいろな錯覚の体験を通して、自分の体が心の中でつくられたものであることが、強く実感できるはずです。物理的な制約に従って「今ある現実」をただ受け入れるだけでなく、「こうであったかもしれない現実」について目を向けることができるようになれば、その先には、研究者や芸術家への道が開かれています。「驚いた」先で「考える」習慣をぜひ身につけてください。

―― 最後に、からだの錯覚を自由研究へ活かすヒントをお願いします。

小鷹先生 「からだの錯覚」は特別な準備もなく気軽にできる実験で、自由研究にもってこいだと多います。紹介した錯覚をどうしたらより感じやすくなるか、どの指が感じやすくてどの指が感じにくいか……子どもと大人はどちらが感じやすいのか……色々と切り口があるはずです。
ぜひ独自のチャレンジをしてみてください。

また大人の方は、お子さんの実験相手になって、頭の中のイメージを伝えてあげてください。二人の感じ方の共通性や違いがわかれば、お子さんの研究者魂に火がつくはずです。

まとめ

※写真はイメージです

からだの錯覚について、親子ですぐにできる体験を紹介しました。親子で楽しむだけでもいいですし、興味がわいたら自由研究で深めてみてもいいですね。小鷹先生のコメントも参考に、いろいろな切り口で試してみてください。

(解説:小鷹研理先生、取材・文:佐藤華奈子)

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「からだの錯覚」を通して人の身体や脳の実態に迫る、認知科学研究者である著者が、からだに起こる不思議な現象を徹底解説。

自分が感覚としてとらえている自分の体と、実際の体が乖離していることを感じたりすることは、誰にでもあること。また、ケガで体の一部を失ったときにないはずの部分に痛みを感じたり、拒食症の人が実際にはやせているのに自分は太っていると感じていたり――そんな例も聞いたことがあると思います。それ以外でも身近にあまり意識しないところで、ちょっとした錯覚を感じることは、実は多いのです。乗り物酔いも、金縛りも、自分の感覚と意識の不一致のようなことから起こる錯覚の視点から説明できます。こういったことがどうして起こるのか、その謎に迫ってみると、生きるために必要な脳の働きなどが見えてくるのです。心と体が離れる「幽体離脱」も科学的に説明できる現象です。オカルトではなく誰しもリラックスしたりするときに起こることがあり、ここでも脳と体に備わったくみが関係しています。

そのような事例を紹介しながらからだに起こる不思議を解説していく1冊。親子で簡単にできる、簡単な錯覚体験も掲載されています。

科学に興味を持つきっかけとしてもおすすめです。

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