「妻ファースト」で家庭と仕事の両輪を回す 林夫妻の場合 #共働き夫婦のセブンルール
世の共働き夫婦は、どう家事を分担して、どんな方針で育児をしているんだろう。うまくこなしている夫婦にインタビューして、その秘訣を探りたい。そんな想いから、今回の企画はスタートした。それぞれの家庭のルールやこだわりを7つにまとめ、その夫婦の価値観を紐解いていく。第5回目は、5歳の男の子のパパとママである林夫妻のお話。
唐突だが、世のパパたちに朗報。
仕事で疲れているのに、家庭の雰囲気が険悪で帰るのがつらい。あるいは仕事で全力を出したときに限って、妻に「早く帰れ」とキレられる。妻にも子どもたちにも冷たくされ、なんとなく家に居場所がない――。
その問題すべて、妻の機嫌がよければ、大部分が解決するかもしれない。
今回、取材した林仁志さんは、とにかく「妻ファーストです」と言い切る。最初は「素敵、愛ですね」なんて言っていたのだが、話を聞いていると、どうもそれだけではない。
「仕事は思い切りやりたい。でも家庭も大切。その両輪をうまく回すために、妻の精神をケアするのが僕の役目だと思っています」と仁志さんは言う。そう、それは愛情プラス、極めて合理的な、林夫妻独自のルールなのだ。
社内恋愛を経て結婚。現在は5歳の息子さんに恵まれ、産休・育休から職場復帰を果たし4年目を迎える加奈さんと仁志さんに、夫婦のセブンルールを聞いた。
7ルール-1 【夫】妻ファースト・怒らない
「たとえば家事でも、妻の得意・不得意はもうよくわかっています。だから妻が不得意な家事で何か気になることがあっても、絶対に文句は言いません。妻が不得意なことは、僕がやります」(仁志さん)
文句は言わないが、面白いからネタにはする。片付けやゴミの分別が苦手な加奈さんが、缶のゴミ箱にペットボトルを入れてしまっているのを見たら? 仁志さんは写真に撮って、あとから「ねぇ、これってどういうこと?」と、夫婦で笑うことはある。
そんな話を聞きながら、加奈さんも楽しそうに笑っている。他人を前に自分の不得意を語られたら、私なら「ちょっと」とキツめに夫を制したくなるところだが、加奈さんは至って穏やかだ。そんな雰囲気からも、夫婦の朗らかな日常が伝わってくる。
なぜこういう思考に至ったのか。
仁志さんは、「家庭の仕事のなかで、もっとも大変な育児の多くを妻が担ってくれています。そのことにすごく感謝しているので、それ以上は何も言う気にならないですね」と言う。
「育休中から大変そうで、妻の表情がどんどん険しくなるのを見て……」と話し出した仁志さんに、「え? 私、育休中は結構楽しんでいたんだけど」と加奈さん。そう、ママあるあるで、子どもが5歳にもなると、乳児のころの大変な記憶はかなり薄れて、幸福感だけが残る。一方で、その時期の夫の協力度合いは、一生忘れないのだが。
ともあれ、加奈さんがフルタイムで職場復帰してから特に、仕事と育児の両立に追いつめられることが多くなったという。
そこで加奈さんは、仁志さんにSOSを出した。表情や態度だけでなく、「協力してほしい」と声に出して頼んだのだ。それから、林夫妻の「妻ファースト」が、ルールとして形づくられていく。
7ルール-2 家事分担は「得意・不得意」で決める
林家では片付けや整理整頓、電球の交換やカーテンレールの不具合の調整といった、住環境の整備は仁志さんが担当。食べることが好きな加奈さんは料理全般と育児をメインに担っている。
「私が面倒だな、と思うことは全部夫がやってくれるので、何も不満はありません。感謝しています」と加奈さんが言えば、「僕はもともと整理整頓や修繕が好きなので、全然苦にならないんですよ」と仁志さん。
もちろん、仁志さんは育児にノータッチというわけではなく、加奈さんが不在のときに息子さんと2人きりで過ごし、世話をすることがある。
「初めて息子と2人で過ごしたとき、かわいい我が子なのに、『えっ、こいつ、うるせぇな!』と驚いてしまって(笑)。育児の大変さに比べたら、掃除なんて鼻クソみたいなもんだな、と思ったんですよね。そういう経験からも、育児を担ってくれている妻への感謝と、妻ファーストが根づいていきましたね」(仁志さん)
借りられるものは、機械の手も借りる。「息子が保育園に通うようになってから、乾燥機付きの洗濯機は必需品です」と加奈さん。最近、お掃除ロボットを導入し、出勤前に稼働させるようになったが、「あれって、掃除はしてくれるけど、その前に床を片付けなくちゃいけないんですよね。だから、『スイッチ入れといてよ』と妻から言われて、僕の仕事が増えたという(笑)」と仁志さん。
それでも、部屋はきれいにしておきたいという仁志さんの願いも叶い、2人とも満足そうだ。
7ルール-3 仕事時間や自己研鑽の時間を協力して捻出
仁志さんは自社のM&A(買収)を中心に、ベンチャー企業への出資、資本業務提携などを担う一方、グループ会社複数社の取締役を兼務。会食も含めると連日深夜までの激務だ。大金が動くし、企業同士の駆け引きや人間の汚い部分も目に入る。そんな仁志さんを、「心身ともに本当にタフだし、なかなかここまでやれる人もいないと思う。尊敬しています」と加奈さんは言う。
そんな加奈さんに対しては、「思い切り仕事させてもらっている」という感謝を忘れない仁志さん。一方で、「時間的制限があるなかでも、自分の仕事できちんと成果を出したい」という加奈さんの気持ちはよくわかるため、夫婦で話し合い、2週間に一度、加奈さんの“残業デー”を設けることにした。その日は仁志さんが保育園のお迎えから寝かしつけまで担当し、加奈さんは仕事や自己研鑽の時間に費やす。
「私が遅くまで会社にいると、上司や同僚が『今日はいいの?』と話しかけてきてくれるんです。それで仕事がはかどらなかったりもするのですが(笑)、仕事の相談をされることもあり、コミュニケーションって大切だなと改めて思いました。最近では残業に限定しないで、夜のカフェに行ったりもして、自由に過ごさせてもらっています」(加奈さん)
加奈さんがキャリアコンサルタントの資格を取ったときは、“残業デー”を週1回に増やし、勉強の時間に当てたという。無事に資格も取得し、今、加奈さんはさらに仕事を充実させている。
7ルール-4 夫婦で晩酌の時間を作る
加奈さんは夫を応援し、子どもを大切にしつつ、自分のキャリアもしっかりと見つめて自己研鑽に励む女性だ。それを仁志さんもよく理解し、お互いに協力し合っている。
ただ、この「お互いの仕事を理解し合う」というのが、日々、育児や仕事に追われる夫婦には難しいと思うのだけど……。そんな疑問をぶつけてみたら、その答えが、このルールだった。
「お互いにお酒が好きなので、休みの日にはよく晩酌をしています。私が食べたいものを作って、夕方から食事しながらお酒を飲みます。息子もいるので、2人きりではないですけどね。でも、結婚記念日や誕生日には、祖父母に息子を預けて、2人で食事に行っています。そういうとき、ずっとお互いの仕事の話をしています」(加奈さん)
なるほど。「今さら夫婦で食事に行っても特に話したいこともないし、いいか」と思っていた自分の甘さが憎らしい。そういうときに、お互いの仕事の現状や思いの丈を語ることで、夫婦の理解を深めるのだ。それは日常に忙殺されがちな共働き夫婦にとって、上っ面の愛の言葉を囁き合うより、重要かもしれない。お互いの想いがわかれば、互いに尊重し、協力し合うこともできるはずだ。
7ルール-5 子どもをいろんな大人に会わせる
日曜日の夜は夫婦の晩酌の日だが、土曜日には誰かを招いて食事をすることが多いという林夫妻。
「仕事柄、経営者に話を聞くと、『幼いころから身近に経営者がいた』という人がとても多いんです。親だけじゃなく、いろんな大人に会わせることで、子どもの将来の選択肢を広げられたら、と思っています」(仁志さん)
加奈さんの友人や同僚には、乳児期から遊んでもらっている。仁志さんの友人の前では緊張している息子さんも、加奈さんが連れてくる優しい女性たちには甘えてワガママを言うこともあるそう。
夫婦合わせると、年に30人程度の大人を息子さんに会わせているという。さまざまな生き方をするさまざまな大人に会うことは、息子さんの刺激になり、何より本人の世界観が広がることだろう。
7ルール-6 子どもだからといって話を選ばない
そのときは何とも思っていないようでも、あとになって子どもに思わぬ影響を見せることがあるものだ。林夫妻がそれを強く感じたのは、ある子どもが犠牲になった事故現場を通りかかるたびに、息子さんが手を合わせるようになったこと。実はその数日前、仁志さんがその話を息子さんにしたばかりだった。
「息子と2人でいるときにニュースを目にして、『お母さんと一緒にいた子どもが犠牲になったんだよ』と話して聞かせました」(仁志さん)
事故現場で手を合わせる息子さんを見て、「子どもなりにいろんなことを感じているんだろうなと思うと、胸がギュッとしました」と加奈さん。
またあるときは、花粉症の話をコップに例えて説明したら、ずっとあとになってから「ボクのコップは大きいといいな」と息子さんが言ったこともあったという。
「今は点と点でも、どこで線がつながるかはわからない。だから、親がいつも一緒にいてくれるとは限らないとか、虐待される子だっていることとか、お金が絡むと人が変わることもある、といった話もします。どこまで理解できているかはわからないですが、いつか何かを感じてくれれば」と林夫婦。
子どものポテンシャルを親が決めつけてはいけないという意見には、とても共感した。
7ルール-7 【妻】季節やイベントを楽しむ!
「妻ファーストっていうのは、妻が機嫌よくいられるためにどんなことでもする、ということです」と仁志さん。たとえば、「季節のイベントとか、僕はどうだっていいんですけど、妻がやりたいと言うからには全力で参加します(笑)」。
クリスマスには夫婦で暴走族風のサンタのコスプレをし、ひとりだけかわいいノーマルサンタ姿の息子さんと一緒にパーティをしたというから、確かに気合が入っている。
「クリスマスシーズンにアドベントカレンダーを作ったのですが、そこから『1ヵ月は30日なんだね』とか、いろんなことを学べますよね。それに、季節を意識すると、日常がとても楽しいものになります。そういうことも、息子に伝えたいですね」(加奈さん)
梅雨時期には梅を仕込んだり、ママ友とハロウィンパーティーをしたり。忙しい毎日でも、季節を意識することで楽しみが生まれる。
加奈さんが「私も実家で季節を感じながら育って、今に至っているので」と言うように、その経験は子どもの心に深く根付くに違いない。
彼らの7ルールを一言で言うと……?
これはもう考えるまでもなく、彼らのセブンルールを貫いているのは「妻ファースト」だ。
この「妻ファースト」というパワーワードと、「育児の大変さに比べたら、ほかの家事なんて鼻クソみたいなもの」という夫の理解、そして「定期的に妻の“残業デー”をつくる(子どもがいる休日ではなく、平日の夜に妻が外で自由にできるというのがポイント)」という3つを、世の共働き夫婦に大いに喧伝したい。
上品ではない言葉を繰り返して大変恐縮だが、「そうなんだよ、鼻クソ気にしてどうするんだよ!」ということだ。
加えて、ときには夫婦2人きりでお互いの思いの丈を話し合う機会を持つことと、つらいときにはしっかりSOSを出すことも重要だ。加奈さんは穏やかでありながら、しんどいときにはハッキリと夫に言い、お互いに満足できるバランスを探っていくスキルに長けていると感じた。
そう、林夫妻にとっての「妻ファースト」は、服従でも忍耐でもない、夫妻のベストバランスなのだ。
そして、前提として夫婦それぞれが自分のキャリアを見据え、自立していることで、お互いに理解し、尊重し合えている。共働き夫婦の理想のあり方のひとつを教わった気がした。
(取材・文:中島 理恵、撮影:佐藤 登志雄、イラスト:二階堂 ちはる)