お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

「メイク」は、ときどき「恋のものさし」になる。

「メイク」は、ときどき「恋のものさし」になる。

エッセイストの中前結花さん(@merumae_yuka)による、五感を揺さぶるエッセイをお届けします。

中前結花のイラスト

中前さんの「おうね。」でのエッセイは今回で5本目。第4回目の「『ふたり暮らし』を夢見る相手は、恋人じゃなかった。」に続き、今回は「メイク」に関するお話です。

世界一面倒くさい「メイク」が「恋」や「人間関係」の「ものさし」になる理由とは。メイクからはじまる人間模様をお届けします。

***

夜の憂鬱

温泉や銭湯には好んで出向くくせに、
どうして自宅の風呂場となると、こうも遠く感じるのだろうか。

入れば入ったで、すっきりと気持ちがいいことは、これまでの人生、毎日の繰り返しで充分にわかっているというのに、いつだって腰は重いばかりだ。
「さあっ! 入るぞ!」と大袈裟な決心を携え、心が折れそうになりながらも、なんとか今夜も洋服を順に脱ぎ始めるのだった。

世界でいちばん面倒なこと

「世界でいちばん面倒なこと」の画像

休暇を利用して、遅ればせながら、韓国ドラマ『愛の不時着』をようやく見終えたのだけれど、その中でとても印象的なシーンがあった。
とある女性が入浴を済ませ、パジャマを身につけ、すでにベッドに入りそろそろ眠ろうとしているところに1本の電話がかかってくる。
それは、彼女がいつも無碍(むげ)な態度であしらっている男性からの着信なのだけど、彼は「君が来るまで待っている」と言う。
そのとき、彼女は「やれやれ」といった表情を浮かべたあと、すぐに化粧台に向かって、髪留めを選び始める。
彼女も本当は気があったのだ。
どんな台詞よりも、それをよく物語っているシーンだと思った。

その様子を見て、とても古い記憶の映像が、なんだか引きずり出されるようにして、頭の中で再生される。
それも、とあるドラマのもの。
17年前に放送されていた、草なぎ剛さん主演のドラマ『僕と彼女と彼女の生きる道』の1シーンだった。

「とても古い記憶の映像が、なんだか引きずり出されるようにして、頭の中で再生される。」の画像

小雪さん演じる家庭教師の女性が、お風呂上がりにくつろいでいると、自分に気を寄せる男友達から電話がかかってくる。
彼はすこしお酒に酔った様子で、悩みを吐露し、
「今から出てこられない?」
と彼女を誘うが、
「今から? もうお風呂も入っちゃったし・・・」
と入浴を済ませたのを理由に断ってしまうのだった。
しかし、そのすこしあと今度は彼女の教え子の父として出会った主人公から電話が入る。
彼も同じように悩みを吐露し、
「ごめん、変な電話で。迷惑だよな・・・」
と言うと、彼女は
「ちょっと電話切ってもいいですか?」
と尋ね、数分後には息を切らして
「お待たせしました!」
と彼のもとへと向かい、
「話したいことあるみたいだったから」
と微笑むのだ。彼女の顔にはうっすらと、自然なメイクがほどこされていた。

当時、まだ中学1年生だったわたしに、隣で同じようにテレビを見つめていた母が、
「お風呂を上がってから、会いに行くのは、よっぽど好きってことやね」
とつぶやいたのを、わたしはとても鮮明におぼえている。
「なんで?」
と尋ねると、
「世界一、面倒くさいから」
と母は笑った。
そのときは、それほどしっくりと理解することができていなかったけれど、今ならそれがとてもとてもよくわかる。

「入浴後にまた軽くメイクをほどこして、髪を整え、人に会いに行く・・・なんてことは、たしかに世界でいちばん面倒に違いないのだ。」の画像


入浴後にまた軽くメイクをほどこして、髪を整え、人に会いに行く・・・なんてことは、たしかに世界でいちばん面倒に違いないのだ。

ひとつの答え

リモートワークが中心の働き方になり、わたしにとって最もありがたい点も、やっぱりメイクに関するものだった。
朝、顔を洗って、そのあとメイクをせずに仕事を開始することができる心地よさ。
なんと、気楽なことだろうか。
オンラインで会議をするときは、直前に、アイシャドウをさっと乗せて、手早くアイラインを引き、赤めのリップをつければ、「カメラ用」のメイクは1分ほどで完成した。その度に、
「自宅勤務も悪くないな」
と心から思ってしまう。

特別なことをしているわけではないけれど、さっぱりと洗った顔の上にファンデーションを塗り、しっかりとメイクすることの煩わしさ。
夜、それをまた丁寧に洗い落とすことの空しさ。
わたしは、好きが高じてコスメ関連の会社に勤めていたほどメイクやコスメに興味があったけれど、「自分の顔」のこととなると、いつだって気持ちは複雑だった。

「ひとつの答え」の画像

よくよく理由を考えてみる。
すると、それは、メイクをしていると「今から向かう場所」「今から会う人」への自分の想いが、手に取るようにわかってしまうせいであり、夜、風呂場でメイクを落としているときにも、「その日の気分がどんなものであったか」ということが、やっぱり手に取るようにわかってしまうせいではないか、という、なんだかひとつの答えのようなものにたどり着いてしまうのだった。

ーーつづく。

***

メイクした顔は自分よりも他人が見るもの。だからこそ「どんな自分でいたいか」と「どんな自分を見てほしいか」は近い、と綴る中前さんに共感する方は多そうです。つづきは「おうね。」でご覧いただけます。ぜひ読んでみてくださいね!

続きは「おうね。」で読む

♥おうね。で紹介中の項目♥

鏡のわたし

「自分を飾ること」とは

お風呂上がりでさえ会いたい人

続きは「おうね。」で読む

「おうね。公式SNS」 TwitterInstagramにて情報発信中。また、新着記事をLINEでお届けしています。あなたがお使いのツールでぜひご登録ください。お待ちしています!

 

SHARE