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右手にチェーンソー、左手にMacBook。都内の広告会社で働く彼女は、熱海の木こりだった

ずっとここで働き続けることが正解? 転職、上京、Uターンっていろいろあるから迷い、不安になる。でも、このままじゃいけない、動かなきゃってのはわかってるんだ。 そんなくすぶっているすべての人に読んでほしい、働く場所を変えた人のインタビュー連載【MOVIN'(ムービン)】。働き方を見直していく人々の姿が、行動のきっかけになりますように。

「右手にチェーンソー、左手にMacBookを持って森に入るんですよ(笑)」

いや待って、笑顔でサラッと言ってるけど、それはどういう状況? 完全に、私の想像の域を超えている。そう、彼女は広告会社で働き、休日に熱海の森林保全団体「熱海キコリーズ」の代表として木こりをしていたのだ。

彼女の名前は能勢友歌(のせゆうか)さん、36歳。平日は東京タワーを望めるオフィスで働きながら、休日は熱海で山と海に囲まれた生活をおくっている。熱海で何をしているか、答えは木こりだった。

5年前から熱海に暮らしはじめた彼女は、最初から木こりをやろうと思っていたわけではない。最初は旦那さんが東京から近く、気候もいい熱海を検討しはじめ、彼女自身も、気持ちを切り替える環境を求めていたこともあり、二拠点生活をはじめることになる。

「熱海に住んでみて感動したのは、感覚が研ぎ澄まされたこと。情報過多な東京にいるから得られるものが多いと思いきや、取捨選択がしづらくなって余計なものまで入り込んできてしまうんですよね。一方で地方だと、ラジオや地方の情報誌、地域の方々からで、質の高い情報を得ることができる。余分なものを排除した生活ができるんです。情報量がすべてではなくて、情報の質が大事なんだと気づけました」

東京にいるからって洗練されるわけじゃないんですね。

「よくワークライフバランスとか、仕事とプライベートの切り替えが大事とか言いますけど、私は両方がうまく溶け込んだインテグレート感のある働き方があってもいいのではないかと思っています。バランスとろうとか、リモート“ワーク”っていう時点で『仕事しなきゃ』っていう意識になっている証拠。

たとえば8時間という決められた労働時間の中で本当に仕事のことだけ考えているかって突き詰めたらそうではない。仕事中に林業のことでアイデアが浮かんだらそれを書き留めておく時間があるはずだし、その逆も然り。だから休日は森の中にMacBookを持ち込んで、どちらもできるようにしているんです。そういうボーダレスなライフスタイルが自分らしくいられる生き方だなと感じています」

仕事にネガティブな感情を抱いていたり、仕事より大切なものを持っていたりする人にとっては、境目をつくるのが難しそう……。中には会社を辞めたいと思っている人もいるかもしれない。

「たしかにそうですね。だれでも1回は転職するかどうかっていう壁にぶつかると思うんですけど、“辞めないっていう選択肢”があるって最近は考えています。熱海キコリーズメンバーの中に、仕事を辞めようかと思いつめている人がいたんです。でも仕事を辞めずに、新しいコミュニティである『熱海キコリーズ』に入って森の中で活動を続けていく中で彼はどんどん変わりました」

共通の価値観をもったメンバーと接することで笑顔を取り戻していったという。結果的に、本業での人間関係もよくなり、仕事を辞めないという選択肢に行きついた。

辞めるのではなく、続けながら新しいコミュニティをつくっていく方法もあるんですね。ワクワクする休日を楽しみに、平日の仕事をがんばれるようになるといい循環が生まれそう。そういう些細なきっかけが人生を豊かなものに変えてくれるわけですね。

伐木後の玉切り、枝払い。集中力が高まる。

「林業をはじめようと思ったのは熱海との関わり方を探っていた時期に、ご縁があって副市長と接することがあり、木こりになるための研修に参加させてもらったことがきっかけです。林業のことはまったく知らなかったけど、地元・飛騨高山が山々に囲まれていたこともあり、昔から自然が好きだったので、自然と熱海で林業をするという選択肢になったと実感しています」

まさに伐倒する瞬間。倒す方向を見て伐り開いてゆく。

熱海キコリーズの企画書作成やプレゼンなどのスキルは仕事で身につけたもの。東京で身につけたスキルを森や、林業に還元するというパラレルキャリアだからこそ叶う循環な循環が生まれているし、この循環こそがパラレルキャリアのメリット。

「いま改めて思うのは林業の楽しさもそうですが、仲間と一緒に同じ場所で同じ時間を過ごしているという実感が“コミュニティ”という本来の意味なんじゃないかと思うようになりました。何かをはじめようとしている人も体験ばかりに重きを置くのではなく、コミュニティがあるから毎回行くっていう意識になったほうがいいですよね」

友歌さんが実感できたようなコミュニティは、どうやって探せばいいのでしょうか。

「とにかく動いてみれば? というアドバイスはちがうと思っていて。動けるならとっくに動いてるよって話。うーん、たとえば、好きな旅行地にいままでよりも長く滞在してみると、観光目線ではなく生活する者として地域や人々を見ることができますよね。自分の好きを深めるほうがいつもと違う発見ができて、そこにコミュニティも作られていくのではないかな」

ヒノキ間伐材を活用してつくったアロマサシェ。(@yukokamoi に教わって)

イベントに参加するのが好きなら主催者側になってみるのもいいかもしれない。自然が好きだったから木こりになった彼女のように、視点や立場を変えるだけで、ちがう世界が見えてくることがある。

「どちらにせよ言えるのは、何をやるかより誰とやるか。林業は仲間と集まるためのツールなのかもしれません。何のためにコミュニティに参加するのかっていう価値が大事。そういうのを追い求めていくと、生き方が楽になる」

実は取材中、何度も「生き方が楽になる」と言っていた友歌さん。

100年時代が来ると聞いて先が長いなあと思っている人は少なくないと思うし、私もその中のひとり。でもそれは定年を迎えることによって、仕事というものに強い意識を抱いているからなのかもしれない。

一生現役で、好きなことをやり続ける。そういう100年人生だったら悪くない。彼女のように仕事とプライベートの境目をなくす生き方ならば、定年という概念がなくなるのではないか。そう考えていたら、生き方が楽になっている自分を想像していた。

写真:大泉裕(写真家/キコリーズメンバー)

熱海キコリーズ

多種多様な本業をもち、複業として森林保全活動に携わる30~40代男女14名のフォレストラバーズ団体。「持続可能な林業」を通して地域復興の実現を目指す。

Facebook:熱海キコリーズ/ATAMI Kicollys

ロゴ:増田総成(デザイナー/キコリーズファミリー)

(取材・文:藤田かおり/マイナビウーマン編集部)

※この記事は2018年04月26日に公開されたものです

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