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トップモデルだって、普通の女の子と同じ。マギーインタビュー

――ああ、住む世界がちがう。

その姿をひと目見て、私は息を呑んだ。ここまで完成しきった彼女はきっと選ばれた人で、何ごとも順風満帆に進んできたはずだ。言うなれば、人生イージーモードってやつ。

25歳の私が、同世代のトップモデルと言われて思い出すのは彼女しかいない。そう、マギーだ。いったい何センチなんだろうと思うすらっと伸びた脚も、見惚れるほどに整った人形のような目鼻立ちも。どれをとったって、トップモデルという言葉から連想されるイメージと遜色はない。実際、TGC広島の取材現場にやってきたマギーは全員が振り返るような空気感をまとっていたし、みんなそのオーラに圧倒されていた。

でも、25歳のマギーが見てきた景色は想像と全然ちがった。
彼女は私たちと同じようにつまずいて、失敗だって知っている女の子だった。

モデルになりたい自分と、テレビで活躍する自分。そのズレに戸惑った

「仕事をはじめたきっかけは、スカウトですね。高校1年生の学校帰り、地元の横浜で声をかけられました。もともとこの世界に興味はあったけど、自分から踏み込む勇気はなかったのが本音。だから、偶然やってきたチャンスに心から驚いたっけ」

モデルを目指していた彼女がこの世界に入ったのは、まだ10代のとき。スカウトをきっかけに、事務所のオーディションを受けてデビューした。それから約1年後、人気スポーツ番組「すぽると!」のレギュラーに大抜擢。考えただけでもプレッシャーに押しつぶされそうなその状況を、当時の彼女はどう捉えていたのか。

「私はずっとモデルをやりたかったから、テレビに出たいって気持ちは正直なかったんです。あのときは『下積みゼロの私が、なんでテレビに出るんだろう』っていう不思議な感覚に近かった。カメラの前で話すことは本当に難しくて、最初は戸惑いながらやっていましたね」

デビューから1年、この世界での成功を夢みる誰もが羨むような好機。しかし、手にしたその場所は彼女のなかにこんな葛藤を生んだという。

「モデルをやりたい自分と、テレビで活躍する自分というズレに葛藤していました。今思えば、そこでの経験が将来へ繋がっていくってわかるのに。あのころの私は、学校に通って、その合間にフジテレビに通って、っていう目まぐるしい生活でいっぱいいっぱいだった。だから、目の前のことしか見れていなかったんだと思う」

泣きながら、やめたいと思ったこともあった。それでも「やめたいと思ってやめられることじゃないから」と当時を振り返る彼女。その覚悟は、番組を続けていく過程で計り知れないほど大きくなっていたはず。「すぽると!」の最終回が放送された日、彼女が投稿したこのツイートはきっと心からの言葉なのだと思う。

「番組を3年間続けていくなかで葛藤する気持ちもあったけど、最後は『やらせてもらえている』という感謝と『続けていくことで次のステップに繋がる』っていう前向きな気持ちがぐちゃぐちゃになってた。今は『すぽると!』のおかげでマギーとしての幅が広がったと思えるからこそ、あの言葉をツイートできたんじゃないかな」

当時葛藤していた自分に言葉をかけるとしたら? という質問に「『やってみなきゃわかんないぞ』って伝えたい」とマギーは笑う。

「私のなかでひとつのことをやり抜く強さが生まれたのは、やってみてはじめてわかったことだから」

トップモデルの初ランウェイは、失敗だらけだった

今回取材を行ったTGC広島の母体である東京ガールズコレクション(以下、TGC)は、日本最大級のランウェイだ。モデル・マギーにとって、この場所はどんな目標地点だったのか。

「モデルをはじめてから、『TGCに出たい』っていうのはいちばんのモチベーションだった。事務所に入ってすぐにオーディションは何回も受けたし、何回も落ちてた。モデルとしてはまだ無名で、スタイルだって高校生だからムチムチしてたしね。ウォーキングも今に比べたら下手くそだったから」

「え、マギーさんがですか?」思わずそう聞き返してしまった。目の前に立つその人は、正真正銘のトップモデル。以前のTGCでロングコートを翻し、堂々とランウェイを歩いていた様子が蘇る。オーディションに落ち続けた過去なんて想像できなかった。

でも、彼女は過去の失敗を隠そうとはしない。「そうよ」と潔く笑って、念願のランウェイにはじめて立った日のことを懐かしそうに話してくれた。

「最初にTGCの出演が決まったときはめっちゃうれしかったし、それはもう緊張した。だから、歩き方なんてガタガタだった。初ステージはJILLSTUART(ジルスチュアート)で、持っていたバッグが重くてそのまま体をもっていかれちゃったの。傾いた体勢のまま、ぎこちない笑顔で歩いた苦い記憶は今でも鮮明に残ってる」

同い年の人が活躍している姿を見ると、なんだか親近感がわいて応援したくなる。それと同時に自分も何かはじめなきゃと、焦りも感じる。自分を刺激してくれる同世代のライバルはいますか? ふと尋ねた言葉。彼女と同い年の私は、その存在に憧れてきた。そんなマギーが見つめるのはどんな存在なのか。

「私、自分以外の人のことを意識していないんです。周囲の同世代がどんな活動をしているのか、正直知らない。いや、見ないようにしてるっていうのが正しいかな。だって、知れば知るほど比べる気持ちがどんどん強くなって落ちちゃうから」

「でも」――彼女は言葉を続けた。

「刺激を受けている存在はいる、佐田真由美さん。つねにナチュラルでいようっていう心意気が純粋にかっこいいじゃないですか。インスタグラムはほとんど加工していないし、『自分は修正なしでモデルをやる』っていう雑誌のインタビューを読んでぐっときた。こだわりを強く貫いている姿を見ると、私もあんな風になりたいなって」

ここからは、平凡に生きる25歳の私の話。就職活動では何度もお祈りをもらって、やっと夢だった編集者の仕事についた。でも、本当にやりたい記事を自分が作れているのか、葛藤したことがある。はじめてのインタビューは、緊張してうまく聞けなかった。自分より文章をうまく書くライターがいれば比べて落ち込むし、ずっと目標にしている編集者だっている。そして、同世代のなかで最先端を生きていると思っていたトップモデルも、同じことに悩んで葛藤してきたことを知った。

彼女のように失敗もたくさんあったけれど、やっぱり私はこの仕事を選んでよかったと思う。だって、やってみなきゃわからない成長や達成感があったから。それに、あのマギーにインタビューしている未来があるなんて、やってみなきゃ知らないで終わってた。もし、悩んでいた自分に声をかけるとしたら。私は彼女と同じ言葉を伝えるんだと思う。――「やってみなきゃわかんないぞ」って。

(取材・文:井田愛莉寿/マイナビウーマン編集部、撮影:前田立)

※この記事は2017年12月21日に公開されたものです

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