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【歴史】現代の女性は幸せ! 昔は女性から男性に告白できない時代があった

堀江 宏樹

手紙現代ではよく耳にする「恋愛」という言葉。ところがこの言葉が日本に定着したのは、明治時代のこと。しかも明治時代に作られた造語だったんですね。外国語、たとえば英語でいう「LOVE」という言葉と同じ語感を持つ言葉が、当時、日本にはまだなかったからなんです。そして、「恋文」という言葉。こちらこそ古式ゆかしい言葉のように思われますが、ちがうんですね。「恋愛」と同じくらいの歴史しかありません。新しい言葉なのです。もちろん日本人は古代からラブレターは書いていました。しかし、古くは「懸想文(けそうぶみ)」「艶書(えんしょ)」なんて色っぽい呼び名だったのです。今回は便宜上すべてを「恋文」と呼び、日本人と「恋文」の関係をさぐりたいと思います。

現代では女性から男性に告白することは自由です。しかし、昔はそれ自体がNGでした。さきほど「恋愛」という言葉が明治以前にはなかった、というお話をしましたが「愛する」という言葉の意味がまったく違ったんですね。昔の日本で「愛する」には、「上の立場にいる者が、下の立場にいる者を特別に思う」という意味くらいしかありませんでした。だからこそ、「恋文」も、すくなくとも最初は(男尊女卑の考えでは、立場が上である)男性から、女性に送られるというスタイルが確立されていたのです。女性が男性を「愛する」なんて言うことは、間違えた言葉の使い方ですらあったのですね。

それでは現存する日本最古の恋文は、というとそれは豊臣秀吉が、最愛の側室の淀殿にむけて書いたものだそうです。その秀吉の恋文は……というと、大胆なんですよね。
「名護屋にて釘付け候。恋しそもじさまに会いたさ募るばかり。近日中に大坂の表へ引き揚げし時は、そもじのお口を吸い申すべく候」。

最初の部分を訳すると「わたしは今は、佐賀の名護屋で膠着状態です」。秀吉は当時、朝鮮半島を経由し、中国(明)にも攻め入ろうとしておりました。貧しい身分から権力者に成り上がった秀吉は、誇大妄想と権力欲の虜になってしまっていたのです。ところが、そんな秀吉も、若い側室・淀殿にはメロメロだったようで。

「恋しいあなた様(淀殿)に会いたいという気持ちは募るばかり。近いウチに大坂に帰ったら、あなたにキスがしたい」と、まー、あからさまな内容ですね。

満員電車では誰かの携帯やスマホの画面がチラ見えすることがありますが、「この人が、こんなメール送ってるんだ」と驚くこと、ありませんか? 秀吉も当時、すでに中高年とされる年齢でしたが、こんな情熱的なラブレター(エロレターかも)を書くのですから、気持ちは若かったんでしょうねぇ。秀吉は、淀殿が生んだ自分の息子にも「口吸いしたい」と書いてるので、キス魔だったようです(笑)。

……というように、ラブレターを見れば、その人の個性は丸わかり。だからこそ、秀吉以前の人たちはみな、プライバシー保持の観点から、本当にプライベートな目的で詠んだ恋の歌や恋文の類は、出家したり、死を覚悟したとき、焼いてしまったのでした。

秀吉は、もともと上流階級の出身者ではありません。プライベートな手紙は処分してから死ぬという上流のルールを知らないし、守りもしないし、別にいいや……と思っていたのでしょうね。現代のわれわれはそれで楽しませてもらっていますが。

そもそも古代日本からラブレターの伝統はありましたが、古代では木片に想いを書いて相手に渡すことからスタートしました。紙が高価ということもありましたが、木片に墨書きとなれば、不変の想いを伝えられると考えたのだと思いますよ。日本人が考えるラブレターとは、それ自体が相手への贈り物ということでした。現代のわれわれも、大事な気持ちを伝える時には、手紙にこだわってみるのが、良いかもしれません。

(堀江宏樹)

※写真と本文は関係ありません

※この記事は2014年12月22日に公開されたものです

堀江 宏樹

プロフィール歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。

公式ブログ「橙通信」
http://hirokky.exblog.jp/


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