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月を加速させ、公転軌道を離れて宇宙を放浪させる方法

古典SF特撮ドラマ「スペース1999」では、軌道を離れ宇宙をさまよう月が描かれている。宇宙船の代わりに星ごと漂流させるとは、40年近く前の作品とは思えない斬新なアイデアだ。

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核廃棄物の爆発で軌道を外れてしまう設定は、実現可能なのか? 第二宇宙速度まで加速すれば地球の重力を振り切って軌道を飛び出すはずだが、莫大なエネルギーに耐えきれず分解した月が地球に襲いかかり、人類滅亡の危機になってしまいそうだ。

350京トンのゴミ

地球の衛星である月は、公転半径384,400kmの軌道をおよそ27日かけて一周する。周回速度は1km/秒程度で、国際宇宙ステーションの約8km/秒と比べると圧倒的に遅い。地表に落ちずに周回するための第一宇宙速度7.9km/秒を大幅に下回り、そのくせ毎年3cmほど遠のいていく不思議な天体だ。

公転軌道を離れて宇宙を放浪するにはどうすれば良いか? 答えは極めて簡単で、速度を上げて地球の重力を振り切れば良い。これは第二宇宙速度と呼ばれ、秒速およそ11.2km以上になると地球の重力の呪縛から解放されるのだ。

月を加速させるためには、どれくらいのエネルギーが必要なのか? 物体が重いほど多くのエネルギーが必要なのは当たり前で、月の質量は7.34×10の22kg、およそ7千京トンもある。運動エネルギーは質量×秒速の2乗÷2で求められるので、秒速1kmの月を11.2km/秒に加速するためには、3.8×10の30乗J(ジュール)が必要なことが分かる。

これを爆発エネルギーの大きさに使われるTNT(トリ・ニトロ・トルエン)や広島型原爆に換算すると、高性能爆薬で知られるTNTでさえ9.1×10の22乗トン、原爆約7京個分に匹敵する。

ドラマでは1999年には月面基地が完成し、地球から運ばれた核廃棄物の処理場も運営されている。その廃棄物が爆発し軌道を離れてしまうのだが、TNTでは9千京トンの1,000倍が必要なので、月の重さを1,285倍も上回ってしまい、あまりに非現実だ。

原爆換算では1個5トン、合計35京トンなら0.5%なので見合った重量だが、廃棄物のパワーを10分の1程度と仮定すると350京トン必要になってしまう。H2Aの後継となるイプシロン・ロケットのペイロードは1.2トン、打ち上げ費用は38億円なので、これで月まで運べたとしても1トンあたり31.7億円、1gでも3,170円かかる。

350京トンのゴミを運ぶには1.1×10の28乗円、1,100兆円の10兆倍もかかってしまい、ゴミ処理だけで地球は破産だ。

これだけ予算があるなら、地球で安全に処理できる施設が開発できるだろう、と思うのは私だけだろうか。

31.5万回目のマグニチュード10.14

コスト度外視で3.8×10の30乗J分のゴミを用意したら、月はこのエネルギーを受け止められるのか? 平成23年度の日本の総発電量9,550億kWhを基準に考えると、およそ27万年分ものエネルギーだけに月の強度が心配だ。

大気がない月は、地球と比べて他の天体が衝突しやすく巨大なクレーターが多い。最大のクレーターとされるクラヴィウスは直径およそ536kmと、新幹線の東京~名古屋間がすっぽり入ってしまう大きさで、比較的小さいジョルダーノ・ブルーノでも20km近くあり、東京~新横浜に匹敵する大きさだ。

月に直径20kmクラスのクレーターができると、その際に放出されるエネルギーは10の20乗Jほどとのデータがある。これをもとに、月を動かすエネルギーをクレーターの数に換算するとおよそ381億個分で、クレーターの総面積は月の表面積の31.5万倍に及ぶ。

つまり月の表面にくまなくアタタタタッ!と31.5万回隕石をぶつけるに等しく、さらにはクレーター1個でマグニチュード10.14に相当するから、奇跡が起きても月は原型をとどめない。軌道を変えるためにこれだけのエネルギーを1か所に集めたら、加速どころか月が分解する可能性大だ。

向きが悪ければ破片のシャワーを浴びることになり、地球もすでに無事では済まされない。

ムーンベースアルファを迷い星にするには、まず月の補強から始めないとダメみたいだ。

まとめ

子供のころ夢中になったドラマを検証できて光栄なのと同時に、1話完結の可能性が高いと分かり、少々残念だ。

秀逸なメカデザインと宇宙を放浪する絶望的なテーマを融合し、SF界に新たな一石を投じたジェリー・アンダーソン氏の冥福を祈る。

(関口 寿/ガリレオワークス)

※この記事は2014年01月05日に公開されたものです

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