【恋愛小説】最終回 やさしく温かい唇…これが私たちの初めてのキスだなんて

40歳、シングル。3人の女が、仕事に恋に迷いながらも自分の道を探し、それぞれの幸せをつかんでいくさまを描く恋愛小説。

【恋愛小説】最終回 やさしく温かい唇…これが私たちの初めてのキスだなんて

【主な登場人物】
伊達 瑛美:藍子の同級生。物静かでミステリアス。内には秘めた情熱が……
浅野 周治:合コンで出会った自称「大手メーカーの次期社長」、実は……

【前回のあらすじ】
瑛美は周治のもとへ通いつめるようになった。根負けした周治に瑛美は「一緒に店を建て直したい」と提案。距離が縮まった2人に周治に父親が、「結婚したらいいのに」とポロリ。そんなとき、瑛美は自分が妊娠していることを知って……

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美咲編/藍子編は<こちら>から
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検査薬で妊娠を知り、3日が経った。あれから病院に行き、あらためて妊娠を確認した。もし“産まない”という選択をするなら、もうあまり時間がない。
しかし、瑛美にはその選択肢はなかった。もし周治が拒否をしても、どうにかして自分で育てようという気持ちがあった。会社も産休・育休の制度はしっかりしているし、今の給料ならなんとかギリギリやっていける。いざとなれば、少し遠いが実家に帰るという手もあるだろう。
とはいえ、やはり一番望むのは周治とともに育てることだった。妊娠していなかったとしても、周治は自然に家族になれそうだと思えた。八百屋という彼の家業も、手伝ってみてとてもやりがいを感じた。瑛美は初めて“ともに生きていきたい”と思える相手と出会えたのだ。
(でも周治は私のことをどう思っているんだろう……)
そう思うと、周治に話すことがためらわれ、結局言えずにいる。しかしそろそろ話さなければ。でもどのタイミングで? LINEで伝えることではないし、店では彼のお父さんもいるし……。
結局堂々巡りで、またいたずらに時をやり過ごしてしまっていた。
そんなある日。お店を閉めた後に床に置いた段ボールへ廃棄する野菜を詰めていると、
「瑛美ちゃんがいるとお店の中が華やぐね!」
と周治の父親から声をかけられた。
「そうですか。ありがとうございます」
「いつもあいつが辛気臭い仏頂面してるから、どんどん客がいなくなっちまって。いやぁ本当にありがたいよ」
父親がニンジンの入った段ボールを抱えると、後ろでレジ締めをしながら聞いていた周治が、
「八百屋向きな息子じゃなくて悪かったね」
と、口をとがらせた。すると、父親はいとも自然に
「いいやぁ、こんないい嫁さん見つけてきたんだから、よしとするよ」
と嬉しそうに言った。
その瞬間、周治と瑛美は固まり父親を見た。
「結婚するんだろ?」
父親は、悪意のない純粋な瞳で周治を見返した。瑛美は、周治はなんと返事をするのだろう、と思うと直視できず、パッと顔を落とし地面を見つめた。意外な形で周治の将来の意思を聞くことになり、瑛美はひそかにうろたえた。
「い、いや……結婚なんて、そんな関係じゃないよ」
「え、そうなのか?」
「だって俺まだ……」
言い訳を考えているような周治の声を聞いて、瑛美は思わず唇を噛んだ。妊娠したせいか、どうも情緒が不安定だった。今これ以上聞いてしまったら泣きだしそうな気がして、瑛美は立ち上がった。
するとその瞬間、めまいを覚えて思わず近くの棚に寄りかかった。近くにあった木箱に足が当たり、ガタンと大きな音を立てた。
「おい、瑛美ちゃん大丈夫か?」
慌てて父親が段ボールを置いて近づいてきたが、瑛美は「大丈夫です。今日はちょっと……帰ります」と答えたが、目の前がグルグルと回り始めた。
「おい、瑛美ちゃん!」
遠くに父親の声が聞こえたが、瑛美の視界は真っ暗になっていった。
(今、周治はどんな表情をしているのだろう)
瑛美は薄れゆく意識の中でそんなことを考えていたが、確認することはできなかった。



瑛美が目を覚ますと、そこは病院だった。カーテンに仕切られたせまい空間で、点滴をつながれていた。ベッドから身を起そうとしたとき、カーテンが少し開き周治の顔が覗いた。
「あっ、目が覚めたのか」
慌ててベッドの横まで入って来ると、
「いいからまだ寝てろ」
と小さな声で言って瑛美の肩をベッドに押し戻した。
「店で倒れたから、親父と一緒に病院に連れてきたんだよ。貧血だって」
瑛美はお腹の子に大事がなくよかった、とひそかに思った。周治はベッドの横に合った小さな丸椅子に座った。なんだかベッドから見上げる周治は、いつもより大きく見える。
「お世話かけちゃってごめん……」
瑛美が謝ると、周治は「いいよ」と小さく首を振った。
そして、意を決したようにひと呼吸置くと、
「それより、大事なこと俺に言わなかったんだな」
と切り出した。
「え……?」
「ここの病院の産婦人科に瑛美のカルテがあって、妊娠してるって、さっき医者に言われたんだ」
瑛美はこの言葉で今お店の近くの総合病院にいることをようやく理解した。そして第三者から事実を聞かされた周治の衝撃を思うといたたまれなく、伝えなかった自分を悔いた。
「そっか……」
「体がしんどいのに、店の手伝いなんかして……何かあったらどうする気だよ」
「ごめん」
二人の間にはしばし無言の時間が流れた。瑛美は周治の後ろのカーテンを見つめながら何を言うべきか逡巡していたが、ぼぅっとした頭は回転が鈍く、何を言っても場違いな言葉や言い訳しか浮かんでこない。
先に口を開いたのは周治の方だった。
「お腹の子……俺の子だよな?」
「うん……そう」
瑛美の言葉を聞くと周治は一瞬目を閉じた。そして覚悟をしたようにまっすぐ前を見て姿勢を正すと、ゆっくり話し出した。
「俺さ、しがない八百屋の三代目だけど……瑛美が妊娠してるって聞いたとき、四代目と一緒にお店をもっと大きくできるのかなって、自然に思ったんだ。そんな未来、今まで俺の中のどこにもなかったのに……」
「うん……」
「瑛美に甘えて結論をだすことから逃げてたけど……一緒にお店を立て直したいって言われてから、瑛美となら俺1人だけじゃ見えない“先”が見られるんじゃないかって本当に思うようになったんだ。だから、だから……」
ひとつひとつの周治らしい言葉が、瑛美の心に素直に染みていくのがわかった。瑛美は何も言わず、周治の言葉を待った。
「俺と……一緒に生きてほしい」
 少し潤んだ周治の目は、もうおびえたキリンの瞳ではなかった。耳まで赤くして振り絞った周治のプロポーズは、十分すぎるほど瑛美の深い深い部分まで届いていた。
「はい……私も周治と一緒に生きたい」
瑛美は返事をしながら、周治と子どもと3人でお店に立つ自分を想像した。それはとてもリアルでありながら、心躍る光景だった。
「はぁ……よかった」
周治は気が抜けたように大きく息を吐くと、瑛美の手を握った。そして、顔を近づけ唇を重ねた。優しく温かいキスに、瑛美は王子のキスで目覚める姫はこんな気持ちだったのかもしれない、と思った。
そして周治としたキスの記憶はこれが初めてであることに気づき、改めて自分たちの奇妙な関係にひそかにほほ笑んだ。

イラスト:タテノカズヒロ


それから1か月後。
12時に待ち合わせのレストランに行くと、すでに美咲と藍子が待っていた。
「瑛美! こっちこっち」
藍子が手を振って、瑛美の席の椅子を引いた。
「狭い? 大丈夫?」
「うん、まだそこまでお腹出てないから大丈夫」
藍子から久々に連絡が入り、3人はあの合コンの夜ぶりに再会した。それぞれの生活に劇的な変化があったことを知り、お互いに近況報告をすることになったのだ。
「瑛美が妊娠か~。しかも八百屋の三代目の奥さんでしょ? 全然想像してなかったよ」
「本当に。あの彼、職業ごまかしてたのね!」
美咲が白ワインを飲みながら、瑛美を見た。
「そうなの。でも結果的にそれが縁になったんだけどね」
「いや~、こないだのメンバーはハズレだったかと思ってたけど、結びついてよかったよ」
藍子が前菜のサラダにフォークを刺しながら言うと、美咲は、
「本当に。あの前田って男、最低だった!」
とくすくす笑いながら身を乗り出した。
「でも、美咲だって前田のおかげで島津さんと付き合えたわけでしょ? 結果オーライじゃない」
藍子はニコニコしながら左手でワイングラスを掲げた。
「そういう藍子も、幹事の彼との結婚式はもう決めたの?」
瑛美がオレンジジュースのストローから口を離しながら聞くと、
「うん、3ヵ月後にハワイで。お互いの家族だけで挙げようかと思ってる」
と藍子は照れたように前髪をかき上げながら答えた。
「そっかぁ。みんな新しい幸せに出会ったんだね……」
美咲がしみじみとつぶやくと、瑛美も藍子もほほ笑んだ。
「まさかこの年で授かり婚をすると思ってなかったけどね」
そう瑛美が言うと、藍子は瑛美の前に手を差し出した。
「子育て、いつでも手伝うからなんでも言ってね。彼の家業も大変だし、一人で抱えちゃだめだよ」
それを見た美咲も同じように手を出し、
「そうよ、私の会社にベビー用ケア用品の部門もあるし、何か必要なものがあれば取り寄せるから遠慮なく言って」
とにっこり笑った。
「……ありがとう」
瑛美も手を差し出すと、3人は固く手を握り合った。
ほんの数カ月前には考えられなかった自分たちの運命。改めて今の自分が進もうとする未来を見据えて、3人は晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「ねえ、40歳って、まだなんでもできるんだね」
美咲がぽつりとつぶやいた。
「そうだよ、まだまだ人生折り返してないんだから! 瑛美の孫まで見届けるわよ」
「ちょっと藍子、何歳まで生きる気?」
3人は笑い合いながら、また食事の続きを始めた。
確かに見える希望の光をたどりながら、彼女たちの選択の先は、まだまだ続いていく。


(文:凛音/イラスト:タテノカズヒロ)

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■美咲編
第1話:40歳の同窓会で再会。3人の女の人生“激変”の幕がいま開く!
第2話:思いを封印してきた憧れの上司と、まさかの……!
第3話:これは恋愛ごっこ、それとも禁断の恋?
第4話:彼の衝撃の事実を知った美咲が選んだ道は……

■藍子編
第5話:ピュア系年下君の意外な頼もしさが、弱り目40女の心を溶かした日
第6話:「あなたを、口説いてます」。年下の直球にあらがえないのは、好奇心?
第7話:無邪気な愛を喜べないのは、年上のプライド? 強がりに傷ついた彼は……
第8話:「悔しいくらい、好き」。自制できない気持ちが溢れて、もう止められない


■瑛美編
第9話:淡々系OLが秘めた奔放。一夜限りの相手だったはずなのに…!?
第10話:意外な再会。私って危うい恋に燃えるタイプだったんだ!?
第11話:つき合ってないのにデキていたら…私はどうしたいんだろう?
第12話:やさしく温かい唇…これが私たちの初めてのキスだなんて
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この記事のライター

フリーライターで恋愛コラムニスト。自身の結婚・離婚経験や会社員時代のマーケティング経験を活かし、多数Webメディアにてコラムを執筆。コラム以外にも恋愛漫画の原作制作や恋愛小説執筆など、多方面で活躍する。筆跡アナリスト、心理カウンセラー、カラーセラピストの資格も持ち、多面的に男女の心理を分析する。




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