【恋愛小説】第11話 つき合ってないのにデキていたら…私はどうしたいんだろう?

40歳、シングル。3人の女が、仕事に恋に迷いながらも自分の道を探し、それぞれの幸せをつかんでいくさまを描く恋愛小説。

【恋愛小説】第11話 つき合ってないのにデキていたら…私はどうしたいんだろう?

【主な登場人物】
伊達 瑛美:藍子の同級生。物静かでミステリアス。内には秘めた情熱が……
浅野 周治:合コンで出会った自称「大手メーカーの次期社長」、実は……

【前回のあらすじ】
合コンで「メーカー次期社長」と自己紹介した周治は、実は町の八百屋の三代目だった。ヨガの帰りに目撃した情けない彼の姿に逆に興味をそそられた瑛美。周治を飲みへと誘うが、結局その夜待ち合わせ場所に、周治は現れず……

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美咲編/藍子編は<こちら>から
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「また来たのかよ?」
うんざりしたような表情で、周治は腰に手をあてた。
「あら、野菜が必要なときに買い物に来たらおかしい?」
瑛美はキュウリの乗ったかごを手に取って、周治に手渡した。
「……毎度。」
ため息をつきながら、周治はレジを打つ。瑛美はおかしそうにその様子を眺めつつ、財布からお金を出した。
周治に待ち合わせをすっぽかされてから、瑛美は仕事帰りに毎晩周治の八百屋に来ては声をかけていた。今日で5日目。誘いを無視されたという屈辱もあり、こうなったら意地でも周治と面と向かって話をしてやろうという気持ちが日増しに強くなっていた。
「ねぇ、今日は? 駅前に新しい焼肉屋さんできてたでしょ。あそこ、行ってみようよ」
「……250円です」
「ポスター見たけどすごくおいしそうだったよ! 今ならオープニングセールでお得みたい」
「……」
「場所は駅の逆側なんだけど、ちょっとわかりにくくて銀行の角を入ったところの……」
「……知ってるよ」
周治は面倒くさそうにおつりを渡すと、キュウリをビニール袋に入れた。
「あの店、俺の同級生の弟がやってるから」
「そうなの?」
「駅前の商店街はだいたい誰の店かわかるよ。町内会のつながりもあるし、そもそも地元だし」
「そうなんだ。じゃあもう行った?」
「いや、まだないけど……」
周治が言いよどむと、瑛美はすかさず
「じゃあ今夜行こう!」
とキュウリの袋を渡そうとした周治の手を握った。
前のめりになっている瑛美の迫力に周治は思わずのけぞったが、観念したように「はぁ……」とため息をついた。
「わかったよ。9時くらいになるけどいいか?」
「ほんと!?」
瑛美は握った手をさらに強く握り、目を輝かせた。周治は困惑したような表情で瑛美を見ていたが、客が入ってきたことに気づくと瞬時に顔がよそ行きモードに切り替わった。
「い、いらっしゃいませ!」と声を張り上げると、瑛美の手をほどき、
「ほら、とりあえず後で行くからさ」
と、帰るよう促した。
「わかった。9時にお店で待ってるね!」
瑛美は店を出ると、足取り軽く夜の商店街へ踏み出した。周治の困ったような顔を思い浮かべ、その可愛さに思わず微笑んでしまう。二人きりでどんな話をしようか。
(あと2時間はあるな)
瑛美はカフェで待つ間に読む本を探しに、書店へ入っていった。



周治は9時を5分ほど過ぎてお店に入ってきた。入り口横のカウンターに座っていた瑛美は、安堵しながら声をかけた。焼肉店で待ちぼうけは、いささか居心地が悪い。
「意外と人が入ってるんだな」
そう言うと、周治は左隣りの席に着いた。仕事の時に着ていたTシャツとチノパンにカーディガンを羽織ったスタイル。初めて会ったときとは全然違うカジュアルなイメージで、瑛美はあらためて新鮮さを感じた。
「何にする? とりあえずビール?」
「う、うん」
おしぼりを持って現れた店員に、瑛美はビールとサラダ、適当に焼肉を3点ほど注文した。
その間も周治はどことなく所在ない雰囲気で、辺りをきょろきょろと見まわしていた。緊張しているのか、怒られる前の小学生のようなバツの悪そうな顔をする周治に、また瑛美のサディスティックな心がうずきだす。
「大丈夫よ、前にも言ったように、ホテルに誘っておきながら朝になって逃げたことを尋問しようとか思ってないから」
そう笑顔で言う瑛美に、周治はついに来た、というように目を見開くと、
「そ、それは……悪かったと思ってるよ。急に近所の料理屋から、朝の仕込みまでに野菜を届けてほしいって連絡がきて……ごめん」
と頭を下げた。
「そうだったの……」
苦しそうに謝る周治の反応に、瑛美は少々気の毒に思い始めた。きっと、あのとき職業を偽っていたので、仕事とはいえ本当の理由を言えずにいたのだろう。ふとあの夜の彼の泣いているような息遣いを思い出し、瑛美は胸が痛くなった。
「跡を継いだのは最近?」
「まぁ……そうだね」
周治は気まずそうな表情のまま、言葉少なに答えた。
すると、ビールと注文した食事、そして炭の入った七輪がテーブルに運ばれてきた。
瑛美はビールのグラスを持つと、周治の前に掲げた。周治は何も言わずグラスを持つと、形式的に瑛美のグラスに合わせた。カチリと硬い音が鳴る。
「お店の歴史を紡ぐって、素敵ね」
「何も素敵なことなんてないよ」
周治はビールを一口飲むと、ポロッとつぶやいた。瑛美は周治の表情を横目で見ながら、サラダを取り分ける。
「面白くなくても辞められないし、自由な休みも取りにくいし、先代からの歴史とか、つき合いが長いお得意さんとかからのプレッシャーもあるし、そもそもすべての責任が自分にのしかかってくるし」
瑛美は取り分けたサラダを周治の前に置くと「そりゃあそうね」と言った。
「もう経営全部を任されているの?」
「まだ親父の意見を聞くことはあるけど、基本的には俺がやってるかな。でも、正直俺の代で終わると思う」
「……え?」
瑛美が七輪の上に置いた牛タンが、ジュッと音を立てた。周治はその牛タンをぼんやり眺めながら、ビールのグラスを包むように手を添えた。
「そんなだから、これ以上俺に関わってもいいことないよ。しがない古い八百屋の三代目なんて、先が見えてるよ」
投げやりのように言い捨てる周治を、瑛美はまっすぐ見た。直視され、周治は居心地が悪そうにちらりと瑛美に目を向けた。
「な、なんだよ」
「しがない老舗の八百屋の三代目、いいじゃない。あなたが思っているよりずっとかっこいいよ。先なんて、それは自分で勝手に予想してるだけでしょ」
「でも今どき商店街の八百屋なんて……」
「そのイメージを変えていけばうまくいくなら、変えればいいじゃない」
「そ、そんな単純に……」
「ひとつひとつ積み上げればできるわよ。世の中、できないことなんてない」
まっすぐに冷静に話す瑛美を見て、周治は思わず口をつぐんだ。
「ね、一緒にお店を立て直す方法を考えられないかな」
「え?」
「一緒に考えたら、何か案が出てくると思うの」
「いやいや、そんな……」
「例えばね、日本中のおいしい野菜を作る農家さんを探して、こだわりの野菜だけを並べるとか」
「そんな簡単に……値段も高いし、おいしい野菜を見つけるのが大変だよ」
「でもこの間、古くからのお客さんが『小松菜が変わった』って言ってたじゃない。昔から来ている人は値段よりクオリティを求めてお店に来ているのかも」
周治は再び口を閉じた。何か考えるように腕組みをし、左下を見つめている。瑛美は肉と一緒に盛られていたネギを七輪の上に置くと、ふとまたアイディアが浮かんできた。
「こういう地元のお店にブランド野菜を卸すっていうのもいいんじゃない? この辺りはほとんど知り合いのお店なんでしょ? 全然知らない人より声かけやすいと思うんだけど」
「え……」
周治は顔を上げ、視線をまた瑛美に戻すと「確かに……」とつぶやいた。
「ブランド野菜はネットでもある程度調べられるし、きっとお父さんにも聞いてみたら何か知っているかも。日本だけじゃなくて世界のいろんな野菜があったら、楽しそう!」
瑛美が言葉通りににこにこしながら笑顔で肉をひっくり返していると、周治の表情も和らいできた。
「そういえば、学生の時に海外で出会った日本人の農家さんがいたな……」
「ほら、いいじゃない。そういう思いついた人脈に片っ端から声をかけてみると、きっと何かヒントがあるよ」
瑛美はほどよく焼けた牛タンを周治の皿にのせると、彼の顔を見た。来た時よりも目に輝きが出て、血色がよくなったように感じる。なにより、瑛美が嬉しかったのは、口元に笑みが浮かんでいたことだった。
「ほら、できそうな気がしてきたでしょ」
瑛美は周治の背をポンと叩くと、どんどん肉を焼き始めた。そんな瑛美の様子に、周治は思わず「ちょ、ペース考えてよ」と言い、二人は初めて声を出して笑い合った。



それから瑛美は日本中の野菜について調べ、1週間後には仕事帰りに周治の店を手伝うようになっていた。周治は5年前に母親を亡くし、今は父と2人暮らしだということも知った。瑛美は周治の父親から大いに歓迎され、さらに瑛美がお店に立つようになってから少し夜の客足も増えているようだった。
店の雰囲気が明るくなるにつれ、周治との関係性も少しずつ進展していた。自然に下の名前で呼び合い、気軽に冗談を言い合う。キスやハグはないし、正式に付き合ってもいないが、確実に心の距離は近づいていると感じた。
さらに、彼の仕事ぶりを見ていると、実は年配の女性客からとても好かれていることがわかった。少々不器用だが、本当は気の優しい人間なのだった。ぎこちないながらも客と笑顔で会話をしている周治を見ると気持ちが安らぎ、なんだか居心地がよかった。

イラスト:タテノカズヒロ

そんな忙しくも充実した日々を過ごしていた瑛美だったが、ふと店のカレンダーを見て、月のものがきていないことに気づいた。
(あ、もう1週間以上も過ぎてる……)
まさか、という思いを抱えつつ、お店の帰りに妊娠検査薬を購入した。もし万が一妊娠していた場合、当然お腹の子は周治の子だ。
付き合ってもいないのにデキていたらどうするのだろう、と他人事のように思いながら、翌朝、検査を実行した。
ベッドの上で検査薬を握りしめ、結果の印が現れるのを待っていたが、瑛美の中では、不思議な予感めいたものがあった。次第に濃くなる陽性の印に思わず「やっぱり……」とつぶやいた。
しかし現実にこうなった以上、自分だけの問題ではない。周治は何というだろうか。あの気の弱い周治がこの事実を受け止められるだろうか……。
瑛美はしばらくベッドに茫然として座り込んでいたが、今日も仕事は休めない。
(とりあえず、会社に行こう)
瑛美はふらふらと立ち上がり、機械的に準備を始めるのだった。


(文:凛音/イラスト:タテノカズヒロ)

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■美咲編
第1話:40歳の同窓会で再会。3人の女の人生“激変”の幕がいま開く!
第2話:思いを封印してきた憧れの上司と、まさかの……!
第3話:これは恋愛ごっこ、それとも禁断の恋?
第4話:彼の衝撃の事実を知った美咲が選んだ道は……

■藍子編
第5話:ピュア系年下君の意外な頼もしさが、弱り目40女の心を溶かした日
第6話:「あなたを、口説いてます」。年下の直球にあらがえないのは、好奇心?
第7話:無邪気な愛を喜べないのは、年上のプライド? 強がりに傷ついた彼は……
第8話:「悔しいくらい、好き」。自制できない気持ちが溢れて、もう止められない


■瑛美編
第9話:淡々系OLが秘めた奔放。一夜限りの相手だったはずなのに…!?
第10話:意外な再会。私って危うい恋に燃えるタイプだったんだ!?
第11話:つき合ってないのにデキていたら…私はどうしたいんだろう?
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この記事のライター

フリーライターで恋愛コラムニスト。自身の結婚・離婚経験や会社員時代のマーケティング経験を活かし、多数Webメディアにてコラムを執筆。コラム以外にも恋愛漫画の原作制作や恋愛小説執筆など、多方面で活躍する。筆跡アナリスト、心理カウンセラー、カラーセラピストの資格も持ち、多面的に男女の心理を分析する。


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