山口百恵の名言をななめ斬り!「売上げ枚数が私の十分の一しかないタレントに対してなら、そうは言わなかったのではないだろうか」

矛盾に満ちた世の中を、レジェンドたちはどう渡り歩いてきたのか。ライター・仁科友里さんが名言をひも解きながら、「女の生きざま」をナナメから考察します。

山口百恵の名言をななめ斬り!「売上げ枚数が私の十分の一しかないタレントに対してなら、そうは言わなかったのではないだろうか」

国民的アイドルとして人気絶頂時の21歳の時に、初めて心身ともに愛し合った男性と結婚し、芸能界引退。一般人となった後は完全に芸能界と距離を置き、二児の母となる。夫である俳優・三浦友和は日本アカデミー賞、ブルーリボン賞、紫綬褒章を受賞。夫婦喧嘩を一度もしたことがないほど夫婦仲はよく、不倫の噂を一度も聞いたことがない。

山口百恵さんの人生を超簡単に表すと、このようなものになるでしょう。大スターの座をすて専業主婦になることを選んだ理由は、「複雑な家庭に育ったから」と言う人は多いでしょう。私もそう思っていました。

引退直前に発売された百恵さんの自叙伝「蒼い時」(集英社文庫)によると、百恵さんの父親に当たる人は他に家庭がある人でした。父親は百恵さんと妹さんをしぶしぶ認知し、生活費は入れてくれなかったため、百恵さん一家は困窮。生活保護を受けて暮らしていたこともあるそうです。ちなみに父親は、百恵さんがスターになると、週刊誌に“出生の秘密”を売り込み、百恵さんに無断で所属事務所から借金をし、また他の事務所に百恵さんの移籍をちらつかせて移籍料をだましとるなど、スターの親族にありがちな銭ゲバをくりひろげています。尚も何百万ものお金を要求する父親に、百恵さんは“手切れ金”を渡して縁を切ったそうです。こういった苦労が明らかになると、「子ども時代の自分が持てなかった暖かい家庭」を求めることにつながったのだと解釈することは、不自然ではありません。

しかし、改めて「蒼い時」を読んで、百恵さんの人生にトラウマもしくはリベンジ的な発想はなく、百恵さんの主義によるものなのではないかと思ったのです。

百恵さんは「家計を助けるために」中学時代に新聞配達をしたとか、芸能界入りしたと言われていますが、同書において、どちらも否定しています。新聞配達をしていた知人の女性が代わりの人が見つからずに困っていたから。芸能界入りも自分と同じ年の森昌子が「スター誕生!」(日本テレビ系)に出演していて、興味をそそられたから、つまり二つとも「自分の意志」だそうです。

「プレイバック」など百恵さんの代表曲は宇崎竜童・阿木燿子コンビが作ったものが多いのですが、この二人に曲を依頼するように決めたのも、百恵さんの意志でした。さらに当時としては珍しく、百恵さんはコンサートのために「自分専用のスタッフ」を求めたことで、プロダクションと衝突したこともあったようです。百恵組とも言うべきスタッフは、家に招いて酒を飲むなど親しくつきあっていたようです。結婚のために芸能界を引退したいと所属事務所の社長に打ち明けた時、「百恵ならそう言うと思っていた」と言われたのは、百恵さんのそばにいる人は、百恵さんが自分の意志で選んだものを、大事にするタイプであることを知っていたからではないでしょうか。百恵さんは「蒼い時」の中で、自立した女性について「生きている中で、何が大切なのかをよく知っている女性」と書いています。作詞家の阿木燿子を尊敬する理由について「自分の中の大切なものをはっきりと確認し、忘れていない」と書いていますが、百恵さんが見ているのは、仕事をしているかどうかという条件ではなく、どう生きているかなのでしょう。

イラスト:井内 愛

百恵さんの神話めいたエピソードは数々ありますが、善良な人ならスルーするであろう神発言があります。百恵さんが時代の寵児となり、いろいろな人が「山口百恵論」を発表しました。写真家・加納典明氏は、百恵さんの左肩に残るケロイド状のBCG痕に、百恵さんの生い立ちが表れていて、色気を感じると言ったそうです。また、所属事務所の堀威夫社長は、自著で「百恵の最大の魅力は、大根足だ」と書いたそうです。百恵さんの人気が尋常ではないので、それを形容する言葉が見つからず、あえて奇抜なものにしたのだと思いますが、面白いのは百恵さん自身が「レコードの売り上げ枚数が私の十分の一しかないタレントに対してなら、そうは言わなかったのではないだろうか」とひどく客観的に受け止めていることなのです。

芸能界は究極の「勝てば官軍」社会ですから、売れていれば何でも許されてしまうし、万能感も高まるでしょう。しかし、それは諸刃の剣であり、スターの座から滑り落ちると自信を喪失することを意味しています。客観性に優れた百恵さんは、いいことも悪いことも一過性であることを知っていた。だからこそ、スターの座をすんなり降りることができたのではないでしょうか。

女性の人生の選択について、「どちらを選べば正解?」というネット記事をみなさんもよく目にすると思います。正解とされる答えが、自分が切り捨てたほうだった場合、落ち込む方もいるかもしれませんが、正解なんてあるわけねーだろと言いたい。どの人生を選んでも、大変なこと、思いがけないことは起こりえます。

百恵さんが客観性に優れているのは、生まれつきである可能性もあるのですが、売れている芸能人としてウィルス的な好意と悪意にさらされて生活した経験から培われたものかもしれません。自分のことは自分にしかわからないし、他人は責任を取ってくれないことが骨身にしみていたのでしょう。だとすると、客観性とは、人の言葉を真に受けない強さと言えるのかもしれません。

(文:仁科友里/イラスト:井内愛)

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この記事のライター

1974年生まれ。OL生活をつづったブログが話題となり、2006年「もさ子の女たるもの」(宙出版)でデビュー。「週刊文春」「週刊女性」「女性セブン」にタレント論、女子アナ批評を寄稿。2015年「間違いだらけの婚活にサヨナラ!」(主婦と生活社)が異例の婚活本として話題を呼ぶ。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」

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