マイクロソフト社のWindows95が発売されて、すでに20年以上。スタートボタンを新しく採用したり、デスクトップ上にアイコンが並べられる新機能は画期的で、当時Windows95を買い求めるたくさんの人が街に溢れたことが大きなニュースになりました。
IT関連企業が泡(バブル)のように膨らみはじめたのは、世界で熱狂と歓喜のなか迎えられたWindows95の誕生とほぼ同時だったといえるでしょう。
この記事ではITバブルの崩壊はなぜ起きたのか、また日本経済にどれほどの影響があったのか、歴史を紐解き解説します。
ITバブルとは?1990年代に起きたIT関連株の株価高騰
ITとはinformation technologyの略で、情報通信技術のことです。ITバブルは、1990年代からアメリカを中心としたIT企業の急伸と、異常な株高によってもたらされました。
ここではIT産業による経済的恩恵がどれほど大きかったかを解説します。
ITバブルとは?1990年代アメリカのベンチャービジネスの殺到
パソコンやネットワークの普及によって、世界中の人々との通信が可能になると、経済はグローバル化するとともに人々の生活は一変しました。
コンピューターやソフトウェアの普及は1980年代から始まりましたが、ブームの火付け役となったのは1995年発売のWindows95の発売からです。
IT産業は衰退気味の自動車産業に代わる新しい産業として大成功しました。
当時、マイクロソフトの時価総額は6000億ドル(60兆円)を上回り、創業者のビル・ゲイツ氏は世界的な大富豪にのし上がりました。
ビジネスマンのだれもが第2のビル・ゲイツを夢見てITビジネスに飛びつき、時代のトレンドを読んだ投資家は高騰し始めたIT企業関連株を買ったのです。
アメリカの景気はうなぎのぼりに上昇しました。ITビジネスがもたらした好景気には具体的に次のようなものがあります。
- 国内総生産(GDP)年平均4%で拡大
- 失業率が4.6%に縮小
- 実質賃金が20年ぶりに上昇
- 財政収支が30年ぶりの黒字
このようにITビジネスは、下降気味だったアメリカ経済の立て直しに大きく貢献しました。
また株価は90年代前半から後半にかけて、ダウ工業株は2.4倍に、ナスダックは3.1倍に上昇しています。
ITバブル絶頂期!日本でもIT関連銘柄が注目された
日本でもITバブルが過熱し、投資家が日本のIT関連銘柄に飛びついたことで株価が暴騰しました。
- 光通信
- ソフトバンク
- NTTドコモ
- ヤフージャパン
- 楽天
当時最も高値を付けたのは光通信です。光通信は1988年に創業したITベンチャー企業。
ITブームが頂点だったころ、代表取締役の重田康光氏は世界第5位の大富豪として「フォーブス」の表紙にも乗った人物です。
また光通信はピーク時には1株24万円というとんでもない高値を付けています。
まさに日本のビル・ゲイツのようですが、ピークを境に株価がたった3ヵ月で8,000円まで急落しました。2000年3月、携帯電話の架空契約による売り上げ水増しが発覚し、光通信の信用が失墜したためです。
これからアメリカのITバブル崩壊の原因を教えるが、その原因の一つに「内容のないITベンチャー企業を高評価しすぎたこと」が挙げられる。
まさに光通信は中身のないITベンチャーだったわけだ。
起きるべくして起きた?ITバブル崩壊の原因を解説します
2000年をピークにして、アメリカのITバブルは崩壊に向かいました。ITバブルが崩壊した原因は何だったのか、わかりやすく解説します。
ITバブル崩壊の始まりはITブームの終焉
あれほど過熱していたITブームですが、2000年に入ると行き過ぎたブームに対する警戒感が人々の中に生まれました。
ブームの終わりとともに、ITバブルは驚くほど速く崩壊への道をたどります。ITバブルに歯止めをかけたのは次のような理由が考えられます。
- パソコンの普及が進みすぎ、機器が飽和状態になった
- 高すぎる株価を疑問に思う人が増えた
- 赤字経営のITベンチャー企業に対する警戒感が広がった
このようにITバブルの崩壊には、リーマンショック※のサブプライム・ローン問題のような明確な原因がありません。
サブプライム・ローン(低所得者向けの住宅ローン)が回収できなくなり、大手証券会社のリーマン・ブラザーズが破たんしました。それを受けて連鎖的に市場株価が暴落し、世界的金融危機を招きました。
リーマンショックについての詳しい解説は「リーマンショックの本当の原因とは?日本への影響を簡単に解説します」を参考にしてください。
あえてITバブル崩壊の原因を挙げるなら、「新しい文化によって巻き起こった一大ブームがひとまず一段落し、大衆が理性を取り戻した」という一言に尽きるのです。
ITバブル崩壊の原因は製造業セクターの過剰生産
コンピュータ需要に追いつくべく、IT関連製品の製造工場は増産を開始したのは1990年代から。
はじめは作ったら作った分だけいくらでも売れるので、生産工場はノンストップで作り続けました。失業率は減少し、従業員の賃金もアップ。ちょうどアメリカがIT景気に沸いていた頃のことです。
しかし売り上げの伸び率が2000年初旬から下降。
一方で、依然として工場は製品を作り続けました。その結果、需要の薄れた製品が倉庫に積み上がり在庫があふれてしまったのです。
慌てて生産調整をかけたとき、景気に急ブレーキがかかってしまいました。
ITバブル崩壊の原因は「ニューエコノミー」に対する疑念
また、当時のアメリカでは「ニューエコノミー※」という経済理論がさかんにもてはやされました。
1997年カリフォルニア大学のスティーブン・ウェーバー準教授が、論文で発表した経済理論。グローバル化によって経済や経営が効率化し、インフレ圧力を弱め、生産性を向上させる事ができます。
例えば「IT革新によって在庫が管理されるので生産性が向上する」というものがニューエコノミーという考え方の一つ。これからアメリカはインフレのない、半永久的な長期成長の時代に入ったと論じました。
しかしコンピュータで生産性が向上するどころか、コンピューターの生産自体コントロールできていませんから、ただの机上の空論だったことが分かります。
2000年ごろから実際に景気が下向きになると、「ニューエコノミーはアメリカ経済の成長性や持続性に対する過剰な期待から出たものだ」と感じ始める人が現われ、ますますITバブルというものに疑念を持つ人が増えました。
アメリカがインフレなき半永久的な成長を遂げるには、IT革新がもっと進む必要がありました。ITバブルで沸いた2000年ごろはまだ未熟だったと分析されています。
ITバブルの崩壊を予言した人がいた?「根拠なき熱狂」を非難
ITバブルが崩壊した後も比較的堅実な経営をしていたマイクロソフトやアップル、グーグルなどの多くの企業は、大きく時価総額を損ないながらも経営を続けることができました。
この人たちは、その後「バブルの崩壊が早くから分かっていたら、こんなことにはならなかっただろう」と嘆いたことでしょう。
しかし1996年、まさにITバブル真っ最中のとき、すでにバブルの崩壊を予言していた人がいます。FRB(連邦準備制度理事会)の議長を務めていたグリーン・スパン氏です。
グリーンスパン氏はITバブルに押されるように経済が上昇しはじめたとき、「根拠なき熱狂は予想外の景気収縮をまねきかねない」と警鐘を鳴らしていました。
ITバブルの崩壊はまだ成長の過渡期にある小さなIT産業を、実態より過大に評価しすぎたため、これほど早い終焉を迎えたともいえるのです。
ITバブルが崩壊した後アメリカの経済を救ったのは戦争だった!?
ITバブルの崩壊のきっかけを作ったのは2001年9月11日にアメリカで起きた、世界貿易センタービルをはじめとした同時多発テロだったともいわれています。
当時のアメリカの景気動向について分析します。
ITバブル崩壊のきっかけは9・11!同時多発テロから始まった?
当時のNYダウ工業株30種平均のチャートを見てみましょう。
赤マルがついているところが、アメリカの同時多発テロが起きた時期です。確かにテロが起きた時点で、突然株価が暴落しているのが分かりますね。予期しないアクシデントに見舞われたアメリカ市場は大混乱し、売りが殺到しました。
しかし損害を恐れて売られたのは、IT株だけではありません。暴落したのは市場全体です。
実は、テロが起こる前からITブームは下火になり、過剰生産のすえ在庫を抱えた工場は行き詰まり、雇用は減少していました。
製造業のISM指数(景気転換の先行指数)も景気動向の良しあしを計る分岐点である50を下回るようになり、失業率は2000年12月に3.9%まで落ち込んでいました。
そのため2001年9月に起きた同時多発テロは、ITバブルを崩壊させた直接原因ではありません。しかし「ITバブル崩壊の決定打」と言われるほどの大きな破壊力を持ったニュースだったことは確かです。
ITバブル崩壊から立ち直った秘策?アメリカ経済を支える軍事特需
ITバブルの崩壊による不況を吹き飛ばし、ITバブル衰退の穴を埋めたのは、アフガニスタン紛争※でした。
2001年9月11日に起きたアメリカの同時多発テロの首謀者として特定された、ウサマ・ビン・ラディンとアルカイダ(テロ支援組織)の引き渡しを、タリバン(当時のアフガニスタン政権)に対して要求しましたが、拒否。
そのためアメリカ合衆国は「対テロ戦争」とし、アフガニスタン攻撃を行いました。
9・11の同時多発テロの直後、経済や流通もマヒし、個人消費も低迷。テロのせいで景気はますます悪くなるかと思われました。
しかし予測に反しアメリカ経済はテロ直後から持ち直し、株価は上昇に転じたのです。
アメリカ政府は被害を受けた町の復興支出や、アフガニスタン紛争の戦費を増大させたことで、国内の景気回復を早めることに成功しました。
もちろんアフガニスタン侵攻の戦費拡大だけではなく、FRBが政策金利を2001年12月までの3か月間で4回も引き下げるなど、消費者心理の悪化を食い止める金融緩和政策が取られたことが大きいぞ。
株価の暴落時に資産を守るには?信用取引で「つなぎ売り」!
ITバブルの崩壊は今となっては過去のことですが、今後いつ再び同じような金融危機が起こらないとも限りません。
いつかくるその時に備えて、私たち投資家はいったい何ができるでしょうか?
みるみる下がっていく株価を目前にただ茫然とするようなことのないよう、危機に備えしっかりと対策を講じる必要があるのです。
経済危機が起きたときの対抗策として、当サイトは信用取引で「つなぎ売り」をすることを提案します。
保有証券の価格が下落することが見込まれるとき、同株数を信用取引で空売りすることで、下落による損失を食い止める取引方法です。
株価の暴落に備えるには、あらかじめ信用取引口座を作っておく必要があります。
数あるネット証券のなかでも、信用取引に特化している証券会社は松井証券なんですよ。
松井証券で信用取引をするメリットは次のとおりです。
- 一日信用取引は手数料が無料
- 300万円以上(1約定当たり)だと金利貸株料0%
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つなぎ売りのやり方をもっと知りたいあなたは、この記事を参考にしてください。
経済危機が怖いと思うなら、ぜひ松井証券で信用取引口座を開いておきましょう。
松井証券の口座開設は、こちらからできます。
ITバブル崩壊で日経平均に激震が!日米の深い経済的相関関係
アメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひく、という言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。
それほど経済的相関関係の深い日本とアメリカですから、アメリカの混乱が日本に伝わらないわけがありません。
日本の経済を測る指標の一つ、日経平均も暴落しています。下のチャートは当時の日経平均株価の推移です。
赤マルがついているところが、アメリカの同時多発テロが起きた時期です。このように日経平均はアメリカの経済に強く影響される事が分かりますね。
日経平均は2000年~2003年まで長い不景気が続き、「IT不況」とか「デフレ不況」と呼ばれ、なかなか株価上昇のチャンスに恵まれませんでした。
アメリカ株が暴落したら翌日以降に日経平均も暴落すると予測できる。すぐに空売りを入れるか、日経平均と真逆の動きをするインバース型のETF(上場投資信託)を購入して儲けるなんて手も使えるぞ!
ITバブル崩壊後ソフトウェア関連投資は世界に広がるビジネスに
しかしグーグルやアップル、マイクロソフト、アマゾンなど代表的な企業は生き残り、さらに技術革新に磨きをかけ、新しいサービスを模索しています。人工知能を搭載したロボットや車など、IT産業の多様性は無限大です。
またITバブルは法人税や労働賃金の安いアイルランドや、インド、中国などにもインターネットビジネスは波及し、大きな経済効果をもたらしました。
これらの国もITバブル崩壊後、一時的に景気が低迷しましたが2002年から2003年ごろまでには回復し、IT産業をけん引する国として世界に認められ始めています。
ITバブルは崩壊したとはいえ、その後もIT産業は世界の経済に根を下ろし、花を咲かせています。
将来的にインターネット業界が電気やガス、鉄道などと同じ、生活になくてはならないディフェンシブ株としての地位を確立するのも、遠くない未来かもしれませんね。