突然ですが、ここで問題です。
Aさんは自分の会社を株で応援するつもりで、自社の株を買いました。友人にも「うちの会社が今度新商品を売り出すことになったのよ」と教えました。友人もその話を聞いて株を買いました。
この中で犯罪に該当する箇所はどこでしょうか?
多くの人が「え?これのどこが犯罪なの?」と疑問に持つのではないでしょうか。しかしこの事例は、金融商品取引法の「インサイダー取引違反」に該当します。
この記事では、甘く考えられがちなインサイダー取引について、どういった法律がどういった場合に適用されるのか、上記の事例のどこがインサイダー取引に当たるのかを株の初心者にもわかりやすく解説します。
インサイダー取引とは?「ついうっかり」が取引規制違反になる!
インサイダー取引※は、「金融商品取引法」で細かい取り決めがされています。
会社関係者(元会社関係者を含む)が、上場会社等の業務等に関する重要事実を、その者の職務等に関し知りながら、その重要事実が公表される前に、当該上場会社等の株券等の売買等を行うこと。
※金融商品取引法、第百六十六条
インサイダー取引規制に該当するかどうかは、要件(ポイント)が決まっています。
- <誰が>会社関係者(元会社関係者を含む)が
- <何を>重要事実を
- <どんな状態で>職務等に関し知っていながら
- <いつ>公表される前に
- <どうする>売買等を行う
この5つのポイントを満たすと、インサイダー取引法違反に該当します。
インサイダー取引には「パート」も該当!「うっかり」は認められない
会社関係者とはどんな人が該当するのでしょうか。会社関係者の定義は次のとおりです。
1、上場企業の役員等 | 役員、社員、契約社員、派遣社員、アルバイト、パートなど |
---|---|
2、上場企業の帳簿が閲覧できる者 | 総株主の議決権、発行済み株式の3%以上保有する株主など |
3、上場企業に法令上の権限がある者 | 許認可権限を有する公務員など |
4、上場企業と契約、契約交渉をする者 | 会計監査を行う公認会計士、顧問弁護士、コンサルタント業者など |
5、2又は4の会社関係者が法人だった場合 | 銀行の融資部門から伝達を受けた投資部門の役員など |
上表からわかるとおり、「アルバイト」や「パート」であっても、インサイダー取引の対象となるため注意が必要です。
「株を買ったのは応援するつもりで、儲けるつもりはなかった」としても、認められることではありません。
金融商品取引法の改正により該当基準はさらに厳しくなっており、そういった場合も罰則の対象になる可能性は高いのです。
知らないでは済まされない!インサイダー取引の重要事実の公表とは?
インサイダー取引規制の要件に、「業務等に関する重要事実を」「当該重要事実が公表される前に」という表現がありました。ここでいう「重要事実」というのは、具体的にどういったことなのでしょうか。
重要事実とは具体的にどんなことが該当するのか一覧にしました。
分類 | 重要事実の項目例 |
---|---|
1、決定事実 | 株式の募集・資本金や資本準備金の額の減少・自己株式取得・株式分割・配当金・株式交換・株式移転・合併・会社の分割・新製品や新技術の企業化など |
2、発生事実 | 災害や業務上の損害・主要株主の異動・上場の廃止や登録の取消の原因となる事実など |
3、決算情報 | 売上高・経常利益・純利益など |
4、その他 (バスケット条項) |
(3以外で)運営、業務または財産に関する事実で、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすもの |
5、子会社にかかる重要事実 | 非上場の子会社であっても、重要事実の項目例は1~4に同じ |
つまり「重要事実」とは、株価に大きな影響を与えたり、投資家の判断を左右させるような重要な企業情報のことです。
インサイダー取引では、このような重要事実を知ったうえで「公表前」に株式を売買することを禁止しているのです。
重要事実が「公表」されればOK!でも「公表」の定義は?
情報が公に開示された後なら、証券市場の公平性が担保されますから、重要事実を知りえる会社関係者でも株を売買することができます。
しかし「公表」とは、具体的にどうすることなのでしょうか。
- 重要事実を記した有価証券報告書などが公衆の縦覧に供されたこと
- 2つ以上のテレビや日刊新聞などの報道機関に公開し、12時間が経過したこと
- 会社情報が電磁的方法(TDnet)で通知され、公衆の縦覧に供されたこと
上記のいずれかに該当すれば、「公表したもの」とみなされ、その後株式を取引きしてもインサイダー取引とはなりません。
逮捕?罰金?インサイダー取引の罰則を解説!
このように細かい規定のあるインサイダー取引規制は、罰則の規定も金融商品取引法の改定に伴い厳しくなりました。
インサイダ―取引違反の罰則は、次のとおりです。
・犯罪によって得た財産は没収(同法第百九十八条の二)
・法人の代表者や従業員などが法人の業務としてインサイダー取引を行った場合は、法人も処罰の対象となり、5億円以下の罰金(同法第二百七条)
インサイダー取引の場合、「重要事実公表後2週間の最高値×買付等数量」から「重要事実公表前に買付け等した株券等の価格×買付等数量」を控除して算出する。
このように厳しいペナルティが課せられるだけでなく、社会的な信用も失墜することになります。
インサイダー取引の恐れのある行為は、絶対にやめましょう。
インサイダー取引の具体的な事例を紹介
インサイダー取引として有名なのは、2006年に起きた村上ファンド事件※だといえるでしょう。
ニッポン放送の株を大量に保有していた村上ファンドの村上世彰氏は、ライブドアの堀江貴文氏にニッポン放送株の大量取得を働きかけ、ニッポン放送の株が高騰するとともに売却、高値で売り抜けました。
村上世彰氏は証券取引法(現在の金融商品取引法)違反で起訴され、懲役2年、執行猶予3年、罰金300万円、追徴金約11億4900万6,326円の有罪が確定。それに関する一連の事件のことです。
村上ファンド事件では、村上世彰氏が当該株式を大量に買われるよう意図的に仕向け、それに先んじてニッポン放送の株式の買付を行なったことが、市場の公平性を損ない、インサイダー取引に当たると判断されました。
村上ファンド事件は当時メディアが大きく取り上げたため、多くの人の記憶にも残っているのではないでしょうか。
しかしインサイダー取引は、このような世情を揺るがす派手な事件ばかりではありません。ここではインサイダー取引に該当した最近の事例を具体的に紹介します。
「売却しなくても」インサイダー取引に該当
インサイダー取引は「利益を得た」かどうかで判断されるものではありません。
「情報を知りえる立場にある者が、情報を知った後に株を売買する」行為だけで、インサイダー取引法違反になります。
2017年2月、証券取引等監視委員会は<3653>モルフォの社員7名に2~11万円の課徴金命令を出しました。
注目すべき点は「株は買った(買い増した)が、売って利益にはしていない」ことです。
利益が出ていないからといってインサイダー取引にはならない、などという理屈は通らないということが、この事例からわかりますね。
「外国籍」「海外在住」でもインサイダー取引で課徴金
「インサイダー取引なんて日本国内だけのことだ」と高をくくってはいけません。
2017年6月証券取引等監視委員会は、イスラエル在住の欧米人男性にインサイダー取引を行ったとして課徴金1,857万円の納付命令を勧告しました。
男性は、<6736>サン電子の子会社(イスラエル企業)とコンサルタント契約を結んでおり、業務上「重要事実」を知ることができる立場にありました。
株価下落による損失は回避できたとはいえ、それを上回る課徴金を課される結果となりました。インサイダー取引が割に合わない行為だとわかりますね。
「外国人はインサイダー取引の適用外」「外国だからバレない」というものではない、ということも証明されました。
情報の漏洩でインサイダー取引!
証券会社の社員や役員は直接証券業務に関わる仕事をしているため、特に注意しなければなりません。
日興コーディアル証券の元執行役員が、業務上知ることができたTOB※情報を知人に漏らし、その知人が株の取引を行ったとしてインサイダー取引違反で起訴されました。
株式公開買付のこと。証券取引所を通さず、買付期間、価格、数量を指定し、広く投資家から株を買い集めることです。
一般的に企業の買収などのために行われることが多く、買収される側と合意の上行われる「友好的TOB」と、買収される側と合意がなく行われる「敵対的TOB」があります。
TOBで提示される価格をあらかじめ知っていたら、その株が安いときに大量に買っておき、TOBが発表されると同時に売り抜ければ簡単に儲けられます。
TOBを利用したインサイダー取引はこのほかにも多くの事例がありますが、この事件では最高裁まで争われ、結局有罪が確定しました。懲役2年6カ月、執行猶予4年、罰金150万円という判決が下されています。
インサイダー取引はなぜバレる?証券取引等監視委員会が調査
インサイダー取引はどんな慎重にしていてもバレる可能性が高いです。
知人の口座から取引したにもかかわらず、不正取引がバレてしまったというケースもあります。
「わずかな金額だから」「一度だけだから」と思っていても、バレないという保証はありません。さきほどの事例からわかるとおり、課徴金を命ぜられたり、告訴されたりするケースが多いのです。
インサイダー取引の調査は、証券取引等監視委員会(SESC)※という機関が行っています。
国会の同意を得て内閣総理大臣により任命された委員長1名、委員2名から構成されている行政機関です。
インターネットを使ったオンラインでの株の取引が主流になったため、不正な取引の摘発が以前より容易になった、といいます。
怪しい取引もIPアドレスにより個人の特定が可能に。取引履歴もオンラインで筒抜けで、インサイダー取引はよりバレやすい環境になったということです。
インサイダー取引は不正な違法取引!法律を知って公正な取引を
インサイダー取引は会社の重要事実を知る者が、世間に公開される前に自分で株を売買した場合に該当し、他人に情報を漏らし、その人が株を売買した場合も罪に問われます。
「ほんの出来心」「わずかな金額だから」といって許されるものではなく、課徴金の命令が下されたり、悪質な場合刑事罰に問われることもあります。それにともない社会的地位の失墜もまぬがれません。
インサイダー取引の該当基準は以前より厳しくなっています。「この程度なら大丈夫だろう」と甘く考えるのではなく、「李下に冠を正さず」ということわざにもあるとおり、インサイダー取引の恐れのある取引は絶対にやめましょう。