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2020年12月28日 18:25 更新

【弁護士監修】これってマタハラ? アウト&セーフの線引きと対処法

妊娠のせいで給料が下がったり、辞めさせられたりすれば、れっきとしたマタハラ(マタニティハラスメント)で、現在では違法です。じゃあ、妊婦健診のための休みをとれなかったら? 同僚に嫌味を言われたら? どこからマタハラで、どう対処すればいいのか、弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の代表弁護士、中里妃沙子先生に聞いてみました。

マタハラとは? どこからがマタハラになるの?

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働く女性が妊娠・出産にともない受けるハラスメント(いやがらせ)=マタハラ。とはいっても、どこからどこまでマタハラなのか…弁護士先生に聞いてみました!

「マタハラ」が、新語・流行語大賞(ユーキャン)の候補50に選出されたのは2014年のこと。それから広く知られる言葉になり、問題意識も高まりましたが、具体的にどこからどこまでが「マタハラ」なの?と思う人も少なくないはず。

「セクハラ」「パワハラ」と並び、「働く女性を悩ませる3大ハラスメント」の1つといわれることもある「マタハラ」。けれど、残念なことに、「パワハラ」と「セクハラ」と比べても、「マタハラ」の実態がきちんと認知されているといえません。

この記事では、「マタハラとは?」という定義や範囲、マタハラが起こる理由や、その対処法について、弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の代表弁護士、中里妃沙子先生の取材協力、監修を受け、解説していきます。

マタハラとは?

「マタハラ(マタニティハラスメント)」とは、一般に、妊娠、出産に関わるハラスメント(嫌がらせ)のことをいいます。

もう少しくわしく、中里弁護士の見解を聞いてみましょう。

これって、マタハラなの? 法律や制度はどうなってる?

マタハラを防止するための制度は、ここ数年で大きく充実してきています。

2017年1月から、「男女雇用機会均等法」と「育児・介護休業法」の「ハラスメント防止措置」が雇用主に対して義務づけられました。

2020年6月には、「男女雇用均等法」と「育児・介護休業」の「マタハラ(マタニティハラスメント)防止対策」を強化する法改正も施行されています。

厚生労働省の指針[*1][*2]では、マタハラは大きく、「制度等の利用への嫌がらせ型」「状態への嫌がらせ型」の2つに分類されます。

マタハラ1「制度等の利用への嫌がらせ型」とは?

産休・育休など、出産や育児に関連する制度利用を阻害する嫌がらせのことをいいます。制度等には、たとえば、下の表のものが該当します。

男女雇用機会均等法が対象とする制度等 育児 ・ 介護休業法が対象とする制度等
①産前休業
②妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置(母性健康管理措置)
③軽易な業務への転換
④変形労働時間制での法定労働時間を超える労働時間の制限、時間外労働及び休日労働の制限並びに深夜業の制限
⑤育児時間
⑥坑内業務の就業制限及び危険有害業務の就業制限
①育児休業
②介護休業
③子の看護休暇
④介護休暇
⑤所定外労働の制限
⑥時間外労働の制限
⑦深夜業の制限
⑧育児のための所定労働時間の短縮措置
⑨始業時刻変更等の措置
⑩介護のための所定労働時間の短縮等の措置

こうした制度を利用しようと思って、会社に相談・申請したときに、上司や同僚から次のような言動があれば、マタハラだと認定される可能性があります。

「制度等の利用への嫌がらせ型」マタハラの例

「経営が苦しいので制度は利用させられない」
「病院は休みの日に行くものだから、妊婦健診のための休みは認められない」
「また、つわり? 妊婦ばっかり休めてずるいよねえ」
「男のくせに育休を取るなんてありえない」
「制度を利用するなら昇進はないものと思え」

マタハラ2「状態への嫌がらせ型」とは?

妊娠・出産を理由にした心理的ハラスメントのことです。

妊娠による体調不良で能率が下がった、出産して制限が生まれた、産後休業を取得したことを理由に不利益な取り扱いをされたり、周囲から傷つく言葉を掛けられたりするケースです。

「状態への嫌がらせ型」マタハラの例

「いつ休むかわからない人には任せられない。雑用してて」
「子どものためにも、いっそ辞めたほうがいいんじゃない?」
「子どものいない別の人を雇うので、次回は契約更新しません」
「こんな繁忙期に妊娠するなんて、自己中だよね~!」
「休みまくってみんなに迷惑かけてるんだから、謝ってよ」

復職後の人事や待遇悪化もマタハラになる?

妊娠したときだけでなく、産休・育休をとって、復職して後のハラスメントも、マタハラになります。

マタハラ防止対策は強化されましたが、復職した女性を支援する制度が整備されていない企業もまだ数多くあります。そのため、復職したけれど「たびたび遠回しな退職勧告を受けた」「育児を理由に時短勤務していることで、簡単な仕事しか回してもらえない」といった声も多く聞かれます。

マミートラックの壁とは?

女性が、復職後にぶつかる障害のひとつに「マミートラックの壁」があります。これも、マタハラのひとつといえるでしょう。

マミートラックとは、1988年頃にアメリカのジャーナリストが使い始めたネーミングです。通常の昇進や昇格は階段を上っていくルートですが、育児をしながら家庭を守らなくてはならない女性は出世とかけ離れたルートを歩かされるようになるというのです。それは、ベビーカーを押しながら、ぐるぐると周回する競技用のトラック。つまり、母親になった女性だけが乗せられるコースのことを意味しています。

1回、マミートラックに乗せられてしまうと、抜け出すのは簡単ではありません。ママになったらどういう働き方をしたいのか、まずはしっかり考えたうえで、家族や職場の上司と話し合い、考えを共有しておきたいものですね。

マタハラの現実! 被害は多く、表に出にくい?

厚生労働省から、マタハラ防止策が次々と打ち出されている背景には、少子化が進んで、もっと子どもを産み育てやすい社会が必要にもかかわらず、マタハラ被害がとても多いという現実があります。

厚生労働省が2015年に25~44歳の就業経験のある女性を対象に行った調査[*4]では、妊娠・出産した正社員の21%、派遣社員の48%がマタハラ被害を経験したと回答しました。正社員の5人に1人、派遣社員では2人に1人に該当する数字です。

しかも、マタハラ被害は表に出にくいという性質があるようです。

少し古いデータですが、日本労働組合総連合会が2013年に行った「マタニティ・ハラスメントに関する意識調査」[*5]では、4人に1人がマタハラ被害を受けていますが、その半数は「我慢をした。人には相談していない」と回答しています。マタハラに声をあげることなく、泣き寝入りする人たちも多いのです。

中里弁護士も、「法律や制度は変わりましたが、その後マタハラ相談が増えたという実感はありません。黙って耐えるほうを選んでしまう女性が多いのでは」と推測しています。

マタハラが起こるのはどうして?

マタハラが起こる背景にはいくつもの要素があります。

職場の体制が整っておらず、まだまだ価値観が古い人も……

まず、妊娠し、産後に職場復帰する女性を支える制度がまだ整っていない企業が多いことが挙げられます。そして、固定概念にとらわれている人が多い。これがじつに厄介です。

「育児は母親の仕事」
「妊娠・出産という個人的なことで職場に迷惑をかけるのはよくない」
「残業は、するのがあたりまえ」

こうした古い価値観を押し付けてくる人たちは、「間違っている相手を正してやらないといけない」という自分ルールの正義感にかられているので、話がややこしくなります。価値観の違う人とは感情的に向き合わず、「『それって、ハラスメントですよ』とさらっと言ってみるのがいい」と中里弁護士はアドバイスします。

女性の敵は女性? 生き方の多様化も影響

女性の生き方が急激に多様化していることも、マタハラ発生の理由になっているようです。とくに、女性同士でのマタハラに、この傾向があります。

「マタハラする同僚」には、男性より女性が多い!?

厚生労働省の2015年調査[*4]では、マタハラ加害者が上司の場合は、加害者は男性のケースが多かったものの、マタハラ加害者が同僚や部下の場合は、加害者は女性のケースのほうが多いという結果でした。

妊娠・出産や働き方に関する女性の選択肢の幅は広がっています。正社員を続けながらワーキングママをする人、時間の都合をつけやすいパートや契約社員に働き方を変える人、専業主婦を選ぶ人、子どもをもたず仕事や社会貢献に生きる人、そして結婚せず、おひとり様を満喫する生き方もあります。

当然、立場が違えばものの見方も、価値観も変わります。妊娠・出産は人生の一大イベントだけに、価値観の衝突も起きやすいといえそうです。

同じママ同士でも、マタハラは起こる

それだけではありません、同じ「子をもつ働く母」という立場の女性同士でも、マタハラは起こっているようです。

出産を経験した先輩ママであっても、いや先輩ママだからこそ、「自分は何度も休んだり時短勤務を使ったりしなかったのに、後輩が楽をするのはずるい」といった思いをもつ人もいます。

妊婦の体調や希望の働き方は、人によって全然違う!

マタハラの難しいところは、妊娠した女性に対し、職場としては同じ対応をとっていても、マタハラと受けとる人と受けとらない人が出やすいということ。妊娠した女性自身の体調や、働き方への希望によって

「もっとできるのに、仕事を少なくされてしまった」
「こんなにつらいのに、仕事をほとんど減らしてもらえない」

と、正反対の受けとり方をする可能性があるのです。

マタハラ防止策は、個人差が大きい

妊娠時の体調には個人差が大きいうえ、同じ人であっても、初産と2人目以降ではつわりやお産のつらさがまったく違うこともあります。妊婦の体調や希望の働き方は、妊婦自身にしかわかりません。ときには、妊婦自身が健康だと思っていても、急な妊娠トラブルが起こることさえあるのです。

これが、職場のマタハラ防止を難しくしている原因のひとつ。職場にとっては、セクハラやパワハラに比べて、個別に対応を変えなくてはいけない範囲が広いのです。

女性が遠慮して希望を伝えられないことも……

マタハラ防止のための制度が充実してきたといっても、まだまだ古い価値観が残る職場も多いなか、

・妊娠しても、遠慮して希望を伝えられない
・クビや待遇悪化が怖くて、なかなか体調不良を言い出せない

という女性も多いようです。結果として、職場が女性の希望を理解しないまま、女性は職場に対して「マタハラでは」と不満をためていく、ということも……。

「母健連絡カード」を医師に書いてもらって、会社に提出しよう!

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妊娠中の体調不良のため「休みたい」「時短にしたい」「時差出勤を利用した」「軽作業にしてほしい」などの希望を自分の口から伝えにくい場合は、医師に「母健連絡カード」を書いてもらって!

会社とのコミュニケーションにぜひ利用したいのが、「母健連絡カード」(母性健康管理指導事項連絡カード)[*6]です。

妊婦健診で「無理はしないで」「安静にして」と医師に指示されても、仕事があるからなかなかそうはいかない……そんなときは、医師に「母健連絡カード」を書いてもらいましょう。正式な診断書をもらうより手軽で、費用も2000円程度と、診断書より安いことが多いです。

混雑を避けた時差出勤や勤務時間の短縮、あるいは休職など、医師が、妊婦の状態と、必要な措置、期間を書きこんでくれます。

医師が書いた「母健連絡カード」を勤め先に提出すれば、勤め先は原則として、それを拒むことはできません。違法になってしまうからです。

上司や人事部には相談しづらいとき、マタハラを弁護士に相談するには?

マタハラはお母さんの心と体だけではなく、おなかの赤ちゃんにも悪影響を及ぼします。マタハラを受けたときにもっとも大切なのが、1人で抱えこまないことです。まずは夫や家族など、信頼できる人に相談をしてください。

ハラスメントは、外部の目が届きづらい環境、限られた人間関係の中で、悪化していきがちです。勤務先にハラスメント相談窓口があればそちらに訴えるのが正攻法ですが、それが難しい場合は、外部機関、弁護士等の専門家を頼る方法もあります。そのときに用意しておくといいものも知っておきましょう。

違法行為か知りたければ弁護士に確認を


弁護士事務所では、依頼を本格的に受ける前に、相談の時間を設けています(各事務所によって、無料・有料の設定が異なります)。

会社の人と話す前に、まずは相談の形で専門家に話を聞いてもらって、「自分のケースはマタハラに該当するのか? するなら、どういった交渉ができるのか」をプロの目線でジャッジしてもらうと安心です。

また、女性弁護士が女性のマタハラ相談に対応してくれる「日本労働弁護団ホットライン」という無料の電話相談もあります[*7]。

相談するときに持参したい資料

限られた時間で弁護士と面談するときは、ある程度の資料を整えていくとムダがありません。中里弁護士に、用意しておくといいものを聞いてみました。

まとめ

個人差が大きいために「妊娠・出産したママ」とひとくくりにできないマタハラは、パワハラやセクハラよりもデリケートな側面があります。

しかし、マタハラ防止対策は強化されているので、今後、マタハラへの理解が進んでいくと思われます。妊娠や出産を理由に、あなたが自分らしく働ける仕事をあきらめる必要はありません。

制度をしっかり利用するためにも、自分は今後どんなふうに働いていきたいのか、しっかり考えておきましょう。

(取材・文:暮らしのチームクレア 田中麻衣子/監修:中里妃沙子弁護士/漫画:ぺぷり)

※画像はイメージです

参考文献
[*1] 事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用 管理上講ずべき措置等についての指針(平成 28 年厚生労働省告示第 312 号)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000132960.pdf
[*2] 子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭 生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針 (平成 21 年厚生労働省告示第 509 号) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605636.pdf
[*3]厚生労働省 妊娠・出産・育児休業等を契機とする不利益取扱いに係るQ&A https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000089160.pdf
[*4] 妊娠等を理由とする不利益取扱いに関する調査の概要(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000104041.pdf
[*5] マタニティ・ハラスメント(マタハラ)に関する意識調査(連合非正規労働センター)https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20130522.pdf
[*6] 厚生労働省委託 母性健康管理サイト「妊娠・出産をサポートする女性にやさしい職場づくりナビ 母健連絡カードについて https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/renraku_card/
[*7]日本労働弁護団 女性のためのホットライン http://roudou-bengodan.org/hotline/

※この記事は、マイナビ子育て編集部の企画編集により制作し、弁護士に取材、および、その監修を経た上で掲載しました

※本記事は子育て中に役立つ情報の提供を目的としているものです。本記事により生じたいかなる損害に関しても、当社は責任を負いかねます

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