「本当に好きな人からは好かれない」現代恋愛のこじれと自己愛の関係性。『傲慢と善良』書評
仕事、結婚、からだのこと、趣味、お金……アラサーの女性には悩みがつきもの。人生の岐路に立つ今、全部をひとりじゃ決め切れない。誰かアドバイスをちょうだい! そんな時にそっと寄り添ってくれる「人生の参考書」を紹介。今回は、『傲慢と善良(辻村深月・朝日出版)』を、ライターのミクニシオリさんが書評します。
アラサーという年代の孤独、苦しさ……あなたも感じたことがあるのではないでしょうか。人生において、結婚が当たり前だった親世代との感覚の違い。恋愛にしろ転職にしろ、常に「スペック」で判断され、なぜか歳を重ねるごとに自信をなくしていく感覚。
自分だけが取り残されてしまうのではないかとネガティブに考えてしまう、この焦りはどこからやってくるのか……終わりのないモヤモヤに一つの解を出してくれたのは、とある恋愛小説でした。
『傲慢と善良』(辻村深月・朝日出版)は、辻村深月さんの作家生活15周年記念作品として単行本が刊行され、現在発行部数は93万部を突破し、2023年に最も売れた小説として話題を呼んでいます。特に、主人公と年代の近いアラサー世代の人が読めば必ず、自身について振り返らざるを得ないはず――。
【この本を読んで分かること】
・誰しもにある「無自覚な傲慢さ」
・「なんとなく生きづらい」のひとつの答え
・競争社会での人生ゲームのリセット方法
善良な私たちは、無自覚に自己愛を肥えさせている
『傲慢と善良』の物語は、登場人物の一人である西澤架の婚約者が、結婚披露宴を目前に行方不明になってしまうところから始まります。婚約者の坂庭真実は、結婚という人生のおめでたい節目に、なぜ姿を消したのか……彼女の行方を探すうちに、私たちはアラサー女性である真実が胸の内に抱えていた孤独、苦しみ、不安に向き合うことになります。
物語はミステリー調で進むので、ストーリーについて触れることは控えますが……文庫の帯でも触れられている通り、とにかくこの本は私たちの胸に、深く突き刺さってきます。
好きな人と出会って、結婚する……幼い頃、自分が当たり前に思い描いていた夢。実際に大人になってみて、それがどれだけ難しいことなのかを実感した人も多いはず。
所縁で結婚する人は少なくなり、結婚相談所やマッチングアプリで出会いを探す人が増えた現代。地元に残り続ける知人たちは早くに結婚し、子どもを生んでいる人も多い中で、都会に出て働いてみると、恋することだって簡単なことではありません。
すでに結婚している知人に相談してみると「あなたは昔から理想が高いよね」とか「クズっぽい人が好きだったもんね」なんて、毒にも薬にもならないことを言われたり。私だけ結婚できないのは、私が変わった人間だからなのか、それとも致命的な欠陥があるからなのか……そんなふうに自分を責めてしまう人もいるでしょう。
こんなふうに悲観的に考えてしまうのは「私」がつつましく謙虚で、それでいて自己愛が強いから。『傲慢と善良』の中で、最初に突きつけられるテーマです。恋愛や結婚ができないのは、自分の価値が低いからではないのだと、自己評価を下げることで自分を守りながら、本当は白馬の王子様を待っているのではないかーー自身の苦しみは自衛から来るものなのだろうかと、考えさせられるシーンも。
周囲に合わせたタイミングで結婚し、親を安心させてあげたいと思うのは、私たちの紛れもない「善良」さ。だけど誰しもが、かといって妥協したいわけじゃない、自分の価値に見合う人に愛されたいという「傲慢」さも併せ持っています。自己愛という誰しもが持つ感情を、一番キリキリする視点から見せられるので、もしかしたら一気読みするには重い、と感じる人もいるかもしれません。
恋愛という「傲慢レース」を走り続ける苦しさ
だけど、恋愛ってそもそも傲慢に満ち溢れた状態でスタートする人が多いもの。学生の時、初めて好きになった人は内面をよく知って好きになった人だったでしょうか。経験がない内ほど一目惚れしやすかったし、人の外見……つまりスペックを見て、勝手な憧れから始まることが多かったのではないでしょうか。
誰かを好きになる時、自分と相手のレベルが同じかどうかなんて、気にしたことはなかった人も多いはず。だけど大人になるにつれて、身の丈に合わない恋は上手くいかないことを知り、自分の立ち位置をわきまえるようになっていくでしょう。そして、恋愛は自分が選ぶだけでなく「相手にも選ばれる」ことで、はじめて成立します。だからこそ、苦しい。
私の周りにも「どうでもいい人には好かれるのに、本当に好きな人からは求めてもらえない」と嘆く友人もいます。私たちは知らずしらずのうちに、自分と相手のレベル感を図っています。自分よりレベルが下であると感じれば恋愛は成就せず、相手にそう思われた時も、また然りです。私たちは常に、生活の中で自分と他人を比較しているのです。
するとどうしても「あの人の方がかわいい」「結婚しているあの人の方が私より幸せ」など、誰かと比較した幸福に憧れます。自分らしさを考える時も誰かとの差別化を考えてしまうし、自分だけでは足りない部分を、パートナーの魅力で補おうとしてしまう……競争社会に生きるからこそ私たちは苦しいのだと、考えさせられます。
結婚できないのは、特別な欠陥があるからじゃない
『傲慢と善良』のメインとなる登場人物たちはみな無自覚な傲慢さを持っており、それぞれの生きづらさを抱えています。自身の理想と現実のギャップを埋めるためにそれぞれ努力をしているのですが、客観的に読み進めてみると、少しずつ努力の方向性が間違っているようにも見えます。
だけど、誰一人として「悪者」がいなかったように感じたのも、一つのポイントです。生きていると、私たちは知らないうちに色々と間違いを犯します。だけど、それでも人生は続いていくし、やり直すことができるのだと、最後は前向きな読後感で、物語は終わります。
資本主義の国で生きる限り、競争社会からは逃れられないかもしれません。だけど、坂庭真実の行く末を見届けるうちに、本当の自分を受け入れることが大切なのだとも思わされます。本当の自分は弱く、そして結局、一人では生きていけないのだと受け入れることで、坂庭真実は自身の人生観・結婚観をリセットすることができます。
本を読むことであなたは、自己愛にまみれた弱い自分とも、向き合うことになるでしょう。だけど自分の「善良さと傲慢さ」に気づくことができれば、積みゲーと化した今の人生を、リセットできるかもしれません。結婚できないのも恋愛が上手くいかないのも、あなたに特別な欠陥があるわけではありません。ただちょっと、自己愛が強すぎるだけなのです。
(ミクニシオリ)
※この記事は2024年06月24日に公開されたものです