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小説 結婚

「彼に奥さんがいるだけなのに!」第3話

白井 瑶

30歳までに結婚したいのに、20代後半で不倫をはじめてしまったOL・原田櫻子。彼女の未来はどうなる? 恋と人生に悩む全女性に贈る、白井瑶さんのオリジナル小説連載。

【これまでのあらすじ】
会社の上司で、既婚者の観月壮亮と付き合いはじめた主人公・原田櫻子。しかし不倫ゆえに、心に不安感を抱えはじめる。櫻子は、既婚者との略奪婚に成功した大学同期の友人・茉莉乃に相談するが……。

>第2話はこちら

「櫻子、彼と結婚したいと思う?」

美しい盛りつけのデザートプレートを前にして、わたしはしばし考え込んだ。結婚。壮亮さんと、結婚。

「したいかしたくないかで言えば、……もちろんしたい。と、思う」

それが正直な気持ちだった。絶対にしたい、今すぐしたいと答えるには、まだ付き合いが浅すぎる。憧れていた男性と恋仲になって、まだ夢ごこちなのかもしれない。彼と結婚したい、奥さんになりたいというよりは、とにかく今は、彼の一番になりたい。それが結婚したいということなのかもしれないけれど。

茉莉乃は一度うなずいてから「櫻子の話を聞いてから、ずっと考えていたんだけど」と前置きして、わたしの目をまっすぐに見つめた。

「略奪の極意があるならば、不倫だけの女にならないことだよ」

彼女の話を要約すると、だいたいこういうことだった。

不倫をする男性は、ある意味で奥さんのいる家庭から逃げている。不倫相手であるわたしは、彼が逃げてきた家庭よりも居心地がよい存在であり続けなければ勝機はつかめない。

では、居心地のよさとは何か。愛情、かわいらしさ、会話の心地よさ、体の相性……挙げればキリがないけれど、何より大切なのは、過度な期待や焦りを押しつけないこと。

「いつ奥さんと別れるの?」「○年間も付き合ったんだから、絶対結婚してくれるよね?」なんてプレッシャーをかけられたのでは、相手は居心地のよし悪しどころではなくなってしまう。

ただし、単にプレッシャーをかけないだけでは、居心地のよい別荘として使われて終わりだ。永遠の二番手は脱せない。

「……ということで、ほかの男とデートしな」

茉莉乃はわたしのスマホを手に取り、ずいっと近づけてきた。真っ暗な画面には、困惑したわたしの顔が映っている。

「ほかの男って……」
「いや、いい、櫻子。みなまで言うな」

茉莉乃は急に時代がかった口調になって、わたしの言葉を手のひらで制した。

「あんたは恋愛体質だけど、好きな人がいるときはすごい一途だもんね。知ってる」
「えっと、わたしは」
「でも、だからこそ彼だけにならないほうがいい。彼は奥さんがいる時点で、櫻子と『ちゃんと付き合って』はないんだよ。どうやってあんたを口説いたとしても」

いや、でも、ちゃんと付き合おうって言われたんだって……。そう言い返したかったけど無理だった。茉莉乃の言うことが正論だって、わたしも頭ではわかってる。

「奥さんがいる人に誠実に向き合っても仕方ないって。こいつには俺しかいないんだってなめられてずっと二番手だよ。それに、新しい男のことを好きになれたら、不倫からも脱出できるし。……わたしが言うのも変だけどね」

そこまで言って、茉莉乃はプレートの端のティラミスにフォークを刺した。その様子は、喋りすぎたことを少し後悔しているみたいだった。茉莉乃がここまで真剣に考えてくれているとは思わなかったので、わたしは正直驚いていた。「いけいけ、奪え! がんばれー!」なんて、無邪気に背中を押してくれるだろうと思っていたのに。

「……ありがとう、茉莉乃」
「全然。それで、デートしたい人はいないの? いないなら、誰か紹介するけど……」
「あ」

そのとき、不意にある男性の姿が浮かんだ。もう数年は会っていない人だった。

「え、いるの? 誰?」
「……いや、なんでもないよ」
「なんでもないってことはないでしょ、何、まさか樹さん?」

茉莉乃は鋭い。そう、私の脳裏に浮かんだのは、高岡樹さんの姿だった。わたしと茉莉乃の大学の先輩で、当時のわたしの憧れの人だった。そして、憧れのままで終わった人。わたしの顔を見て確信したらしく、茉莉乃の小さな顔に笑みが広がる。

「えー、ほんと好きだよね! そんなにタイプ? いいじゃん、樹さんに連絡してみなよ」

いや、もうずっと連絡してないし今さら……なんて言い訳を茉莉乃が聞いてくれるはずなく、ぐだぐだしてる間に彼女は自分のスマホから樹さんにLINEを送った。こういうときの茉莉乃は本当に行動が早くて生き生きしている。

「3人で遊ぶ計画を立てて、当日私はドタキャンする。デートしてきな」

強引な計画。漫画の中のおせっかいな親友みたいな立ち回りだった。

デザートを食べ終わる前には返信が来て、茉莉乃はごくごく自然に遊びの約束をとりつけた。「櫻子ちゃんも久しぶりだな」たったそれだけの文面に心が跳ねた。そして心が跳ねたことに少しの罪悪感がある。壮亮さん、ごめんなさい。でも壮亮さんも今ごろは、奥さんと夕食中なのかな、と思うと前に進むしかない気もした。

>「彼に奥さんがいるだけなのに!」第4話に続く

(文・イラスト:白井瑶)

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