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小説 結婚

「彼に奥さんがいるだけなのに!」第2話

白井 瑶

【あらすじ】
会社の上司・観月壮亮と付き合いはじめた主人公・原田櫻子。しかし壮亮は既婚者である。ある日の深夜、櫻子はFacebookで壮亮の奥さんの情報を調べてしまう。

>第1話はこちら

大学の卒業式、茉莉乃の左手の薬指にはダイヤの指輪が輝いていた。

在学中、読者モデルとしてちょいちょい雑誌に出ていた茉莉乃は、顔採用とも噂される某企業への就職が決まっていた。けれど春休み中に恋人からプロポーズを受けて、内定は辞退したのだという。

「おめでとう!」「専業主婦? うらやましい!」

そう盛り上がる輪の中で、同級生の里香は顔を引きつらせていた。

「相手って、前に言ってた子どものいる人?」

数カ月前まで、茉莉乃の彼氏は既婚者だった。飲食店や美容院を複数経営している人で、年は15コくらい上だったか。

「そうだけど。親権は奥さんだから!」

そう応えた茉莉乃の口調には少し棘があった。里香は「そっか」とだけ言ってその場を離れた。

「あー、調べちゃったんだ。奥さんのこと」

壮亮さんが家に来た翌日、わたしは茉莉乃と会っていた。場所は恵比寿にあるカジュアルフレンチ。茉莉乃がチョイスしただけあって、雰囲気のいいお店だった。彼女は大学の同期で、今は専業主婦をしている。わたしの不倫の恋に関する、唯一の相談相手である。

「で、どんな人だった?」
「どんな人……」

どんな人。壮亮さんの奥さんのプロフィールなら、何も見ずとも回答できる。

観月葵、34歳、関西出身。R大学経営学部卒。新卒で大手化学メーカーに入社後、外資系コンサルティングファームに転職。趣味は乗馬とヨガで、ヨガはインストラクターの資格持ち。家族構成はおそらく両親と兄。最近実家が二世帯住宅になり、兄夫婦と甥が同居中。

そう、これらをわたしはひと晩で調べた。我ながらキモい。

……けれど茉莉乃が求めてるのは、こういう情報ではないだろう。わたしはスマホを取り出して、黙って茉莉乃に手渡した。写真を数枚スワイプした茉莉乃は、意外そうな顔で感想を述べた。

「デキる女って感じだね。櫻子とは全然ちがうタイプ」

その通りだった。黒髪のショートカット、意志の強そうな眉と目。美人かといわれるとそうでもないけれど、容姿以外でほしいものを手に入れた女性特有の自信が、彼女の口角の上げ方や、カメラへの視線の向け方ひとつひとつから漂っている。

わたしとまったくちがうタイプというのも同感だった。わたし・原田櫻子はどう見てもバリキャリタイプではない。鎖骨まで伸びたミディアムヘア、普段はマキシ丈のワンピースかスカートが多い。どちらかと言えば童顔で、彼の奥さんのようなはっきりとした色の口紅や、ブラウンのチークが似合う顔立ちではなかった。

「そうだよね……」
「なに、落ち込んでるの?」
「いや、こういう人が好みなのかなって」
「え? ……今日雰囲気ちがうと思ったら、まさか彼の奥さんに寄せてるの?」
「うっ」

図星だった。今日のわたしは、ざっくりラフにまとめた髪と大ぶりのピアス、CELFORDのワンピース。2万5,000円は、わたしにとってはちょっと奮発した値段だった。普段はほとんど履かないハイヒールを履いているので、すでに足の指が痛かった。

「いや、似合ってるけどね」
「……ありがとう……」
「でもさ、見た目を寄せる必要ある? まったくちがうタイプの櫻子を好きになったんだから、普段どおりでもいいんじゃない。そのワンピースはかわいいし、ちょっといいお店に連れてってもらうときに着たら?」

茉莉乃の言葉には説得力がある。なぜなら彼女はわたしのまわりで、唯一の略奪婚の成功者である。

「茉莉乃は、彼の奥さんとは全然ちがうタイプだった?」
「わたしは……、同じタイプだったかな」

茉莉乃は微笑み、ワイングラスに口をつけた。まつげが目の下に影を作っていた。いつ見ても長いまつげ、大きな目。小さな顔の中に、美しいパーツが美しい配置で並んでいる。キレイに巻かれた長い髪。同じタイプなら、元奥さんもかなりの美人だったのだろう。でも、同じタイプならなおさら、茉莉乃に勝つのは難しい。そう考えると、壮亮さんの奥さんが同じタイプでなくてよかった気がした。

ーーー

結局、里香は卒業式がはじまるまで帰ってくることはなかった。そして式のあと、謝恩会にも出なかった。体調が悪くなったと聞いた。

わたしたちは、謝恩会の後も朝まで騒いだ。特に茉莉乃はテンションが高く、何回目かの乾杯のあとでこういった。

「みんなありがとう! わたし幸せになりまぁす」

 

ーー里香が日ごろ「死んだ」と話していた父親は、本当は生きていて、不倫の末に家族を捨てたらしい。そういう事実をわたしや茉莉乃が知ったのは、ずっとあとになってからだった。

>「彼に奥さんがいるだけなのに!」第3話に続く

(文・イラスト:白井瑶)

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