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第58話 溢れる愛しさ

「もちろんすぐに辞めるわけじゃありません。
母と正面から向き合って、
何度も話し合うつもりです。
ただ、後悔がないように準備はしておこうと。
このアパートもそのひとつです」
親が用意した豪華なマンションを出て、
借りたのがここか。
古びたアパートの中で誇らしげに語る姿は
相変わらずの王子っぷりで、
コメディドラマのワンシーンのようだ。
「どんなに時間がかかっても獣医になるし、
どんなに時間がかかっても親を説得します。
ここの家賃なら大学の学費を払っても
アルバイトでなんとか生活していけますし」
「大学、受験しなおすの?」
「後悔を他人のせいにしないように
生きようと思いまして。
こう考えられるようになったのは
先輩のおかげです」
そう笑いながら、腕に抱いた子猫をなでる様子は
最初に会ったころの印象とは180度ちがう。
うわべだけのカッコよさではなく、
陳腐な言いまわしだけど、ホント、
内側から輝いている感じがする。
でも。

「不器用だね、佐伯くん」
そういうと佐伯は不本意そうに猫を降ろした。
降ろされた猫は寝床の中で眠そうにしている。
その猫を愛しそうに見つめ、佐伯が答える。
「むしろ器用だと言われて生きてきましたけど」
ううん。不器用だよ。ホント。
何不自由ない生活送っていても
おかしくないのに、
まっすぐで正直すぎるから、
嘘つけないんでしょ。自分の気持ちに。

しゃがんで猫をなでる佐伯のつむじが見える。
あの頭をなでたい。
愛しさが溢れてくる。
「好きだな」
思わずこぼれ出た言葉に自分自身が驚いた。

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