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第54話 逃したチャンス

私は思わず肩にかかった手を振りほどいた。
「あ……」
手元の時計を確認するふりをして取り繕うが、
先輩にはバレているだろう。
さっきのキスで「ちがう」って思ったこと。
だってわたし今、恋する女の顔をしていない。
「私、電車の時間が……」
そう伝えると、先輩は少し驚いた顔をしていた。
けれど、ポンポンと私の頭をたたいて、
「うん、ごめんな。遅くまで付き合わせて」
と穏やかに笑った。

先輩は大人だ。
明日から気まずくならないように、
先輩の顔をして別れてくれた。
こんな直前まで自分の気持ちに気づかないなんて
わたしはなんて馬鹿なんだろう。

深々と頭を下げ、礼を言い、
くるりと反対方向へ走り出す。

終わった……!
なに絶好のチャンス、踏みつぶしてるのよ!
せっかく化石を卒業するチャンスだったのに。
しかも、化石にはもったいない高嶺の花、
ていうか成層圏を突き破るぐらいの高みにいる
いい男で、
この先二度と現れない良物件だったのに。

無意識でタクシーを拾い、
先日佐伯を送っていったマンションの前で
降りてしまう。
なぜこんな夜中に後輩のマンションに。
来ても部屋に行く勇気なんてないくせに。
たしか、あのへんだったよね……。
ここからでは、どの部屋が佐伯のものかはわからない。
でも、この灯りのどこかにあいつがいるんだと思うと、
なんだか少し胸が温かく感じた。

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