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第53話 気づいてしまった気持ち

レストランを出て「少し歩こう」と誘われ、
夜の公園で酔いを冷ます。
これって、定番……の流れよね。
いつ来るのかしら。
「小林」
「え?」
ドキドキしながら先輩の隣を歩いていると、
突然、名前を呼ばれ、肩に手を添えられた。
ゆっくりと顔が近付いてくる。
いよいよだ!
ドキドキしながら先輩の顔が近付いてくるのを
凝視していると、その眉が優しく下がる。
「ごめん。目、閉じてくれる?」
「あ……」
それでも目を閉じてしまうのがもったいなくて、
薄く目を開けていると、
先輩の手の平がそっとまぶたに重なった。
そして、優しく触れるだけのキス。
触れた瞬間、
わずかにマウスウォッシュの香りがした。
ほんのわずかなリップ音とともに、
重なり合った体温がゆっくりと離れていく。

「よければこのあと、もう一軒行かないか?」
目隠しされていた手がそっとはずされた。
目をあけるとそこには
良質のブランデーのように優しく揺らめく瞳。
柔らかな唇の感触や間近に感じる吐息は、
ずっと遠くから見てあこがれてきた青山先輩のものだ。

それなのに。

なぜこの瞬間に、
佐伯のことばかり考えているのだろう。

目を閉じた瞬間に浮かんだのは佐伯の顔だ。
キレて壁際に追い詰められた時の険しい顔。
間近に迫った唇。
作業中のキュッと結ばれた唇。
「行ってきます」と言った時、
緩やかにあがった口角。
どれもメンターとして接したもので、
私がこの絶好のチャンスを
放棄するほどのものではないのに。
あと一歩で化石卒業なのに。
目の前にあるこの穏やかな人よりも、
真面目で不安定で不器用な
あの若者の手をとりたいと思っている
自分がいるなんて。

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