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専門家雑学 生活

【生理の歴史】「月経」という言葉は古事記からあった! 昔は生理にふんどしを使用

腹痛の女性みなさまごきげんよう、歴史エッセイストの堀江宏樹です。『乙女の日本史』という本を書いて以来、日本史の女性について書く仕事が増えたのですが……今回のようにダイレクトに「生理の日本史」を書け、といわれたのは初体験です(笑)。まぁ、女性の人生の中で生理って避けて通れないテーマですよね。実は古代人も生理には苦労させられていました。

「月経」という言葉は、我が国初の歴史書『古事記』にすでに登場しています。ヤマトタケルは、前々から「エッチしようね」と約束していた豪族の娘・ミズヤヒメと再会するのですが、その日彼女は生理でした。

経血のシミが彼女の衣の裾についており(笑)、ヤマトタケルはガッカリして「生理じゃーん」と歌を詠みます。ミズヤヒメは「あなたが長いこと来ないから生理になったんじゃーん」と返歌しました。ヤマトタケルは「そこまでいわれたら、男がすたる」と感じたのでしょうか、生理中のミズヤヒメとエッチしてしまうのでした。ワイルドすぎる。

ミズヤヒメはともかく、昔の日本の女性は生理期間中、ふんどしを締めていました。庶民の女性は旦那や家族のお古なんかを使い回していたようですが、高貴な女性の場合、さすがに専用の生理帯もありました。「月帯」と書いて「けがれぬの」と読ませる女性用ふんどしについては、平安時代の『医心方(いしんぽう)』という医学書に最初の記述が見られます。

ふんどしと女性器の間には、吸収剤として植物の綿毛の類やら、ボロ布やら、なんとコンニャクの粉なども忍ばされる場合すらありました。コンニャクの成分のひとつ、グルコマンナンは水分に触れると凝固する性質があるからだそうです。多い日も安心!

こうして、現代のナプキンの原型はすでに平安時代には存在し、一般には「股ふさぎ」という露骨なネーミングで呼ばれました。また、生理休暇の原型も、清少納言とか紫式部といった宮中の女官の間には存在していました。生理中の女性たちは実家ないし、別の建物の一室などに隔離され、解放されるのは生理がはじまってから八日後。彼女たちは長い髪の毛までキレイキレイに洗って復帰しました。生理=ケガレであるという発想がこの頃、本格的に定着したようです。

江戸時代になると紙類の値段が、かなり低下したこともあり、やわらかい和紙をツバで湿らせて膣の中に放り込む女性が増えました。タンポン派の登場です。このツメモノは「赤玉」「込め玉」などと、「ラーメン屋のメニューか!」とツッコミたくなるネーミングで呼ばれていました。しかも洗っては乾かして何度も使いました。明治時代になって「膣内に使い古しの紙玉を入れるのは不衛生」という考えがようやく芽生え、より衛生的な生理用品の開発が進んでいくのです。

また、昔の女性は骨盤底筋をキュッと締めあげ、膣を閉じた状態にして経血を溜め、トイレの度に緩めてジャーッと出す「月経血コントロール」なんて器用なことが出来ていたともいわれます。しかしこれは昔の女性の生理が、現代人女性ほど重くはなかったということを前提としている行為のようです。

女性の生理期間は過去の時代よりも現代に近付くにつれ長期化、つらい症状も強く出るようになっているみたいなのですね。古代以上に、現代の女性は日々のストレスを強く感じているからかもしれません。高度な文明社会に生きていても、自分のカラダが自然の一部であることを認識させる現象が、女性にとっての生理なのでしょうね。

著者:堀江宏樹
歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。
http://hirokky.exblog.jp/

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