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32話 うっとりと


幸か不幸か、美術展の行列はゆっくりと進む。
だから満員電車並みの人ごみだけれど、
展示の絵が満足に見られない、ということはなかった。

そして掛けられている絵は、想像以上にすばらしかった。
学生時代、美術の教科書にあった絵のよさは、
さっぱりわからなかったけど、目の前にある本物は、
それ自体がエネルギーの塊で、吸い込まれてしまいそうだ。
見ていると、うっとりしてしまう。

そうして展示される絵を次々に眺めるうちに、
内容はよくわからないのに、心を打たれる絵に出会った。
そこにはお辞儀をする小さなお姫様が描かれているだけなのに。
「わたしこれ、すごく気に入っちゃった」
そう言って振り返ると、篠田さんはわたしが、
後から人に押されぬよう、体を張ってかばってくれていた。
それもごく自然な形で。
「これ、確かにいいよね。かなり有名みたい」
でも前を向いてもう一度絵を見ようと思ったとき、
わたしは人波に飲まれ、篠田さんを見失いそうになる。
「やだ、行かないで」
声に応えて差し出された、篠田さんの手を握る。
温かく強い力に引き寄せられて、彼の腕の中にかばわれた。
「ありがとう」
こんな些細なことで切なくなるのは、
拓海と長い間離れているせい……かしら。
水波菜々子(27)
学生時代に出会った拓海と遠距離恋愛中。仕事は携帯サイトの企画営業。
野田拓海(27)
地方に本社を持つ精密機械の部品製造会社勤務。本社に抜擢され転勤。
高村直樹(35)
菜々子の上司にあたる、営業課長。仕事にはとても厳しいが……。
小牧美恵子(24)
同業他社から菜々子の会社に転職してきた新人。
篠田修治(28)
大手精密機器会社の研究所に勤務。趣味はアート鑑賞。

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