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60話 最終話 さよならを乗り越えて


重い沈黙を引きずって、レクサスは私のマンションの前にたどり着いた。
何を言えばいいか分からなくて、「じゃあ」と助手席から降りようとした
その瞬間、慶介さんが私の腕をつかんだ。
何かを求めるような、期待しているような慶介さんの目。
私は彼を見つめ返した。唇を結んだまま、揺れることのない強い視線で。
しばらくして、彼はあきらめたように「さよなら」とつぶやいた。
私も「さよなら」とうなずいて、車を降りた。

部屋にたどり着いて、窓の外を見ると、まだレクサスが停まっていた。
携帯にメールが届いた。
『茜を好きな気持ちは変わらないと思う。
いつでもいいから連絡してきて。明日でも、1年後でも、ずっと待ってる』
私はその場にしゃがみこんで、泣いた。わんわん声を上げて——。

西麻布のワインバー、私とリョーコは静かな声で語り合っていた。
「もしかしたら、遊び人のテクニックだったのかもしれないけど……いいの。
あの人は、さよならの後に、素敵な想い出だけを残してくれたから」
「本当に、別れちゃってよかったの?」
私はうなずいた。「会社に奥さんの話ばっかりする人がいてね。幸せそうなの。
いいな、羨ましいな、将来、私の隣にいるのは誰なんだろうって考えたとき、
私、慶介さんの顔を思い浮かべることができなかった」
「そっか……」と遠くを見たリョーコに、私は言った。
「いつか『この人!』っていう1人にめぐり会えると思う。私もリョーコも」
そして私たちは、最後に出会う「誰か」のために乾杯をした。
あと何回、さよならを経験したら出会えるんだろう——と思いながら。

(完)

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