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guest20「幸せの終わり」


扉を開けると、カランカランと
程よく軽いベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
初老のマスターが、
かすかなBGMにすらかき消されてしまいそうな声で、
磨いているコップから目も上げずに言った。

先輩の言うとおりだ。
丸の内っていう都会の真ん中にあるくせに、
心配してしまうぐらい静かな店。
私みたいに仕事終わりの会社員が、
窓の外を通り過ぎることすらあまりない。
外の冷たい空気から遮断されているように、
外の時間や場所から遮断されているような不思議な空間だ。

10年も勤めている私の会社はすぐそこなのに、
こんな店があるなんて全然知らなかった。
ランチセットのナポリタンは、
コーヒー付きで750円だと書かれている。
それでも不思議と、
ここに来ることは二度とないような気がする。
「カプチーノください」
私が声をかけると、はじめてマスターは笑顔を見せた。
ここの店に来る人は、ひょっとしたらみんな私みたいに
ちょっと後ろめたさを持っているんじゃないだろうか。

店内は気持ちよい程度に暖かくて、私はコートを脱いだ。
コートの下は、ジーンズにロンティ。
ファッション誌には載らないだろう、ラフすぎる格好だ。
分厚いコートを脱ぐと、妙に心細くなってしまった。
さっきまではこれから過ごすであろう、
気まずい時間なんて全然怖くないような気がしていたのに。

趣味のいい静かな店内に、
愛想はいいけれど、客に興味のなさそうなマスター。
先輩は的確なアドバイスをしてくれた。
確かにここは最適な場所かもしれない。
理不尽ともいえる別れを突きつけるのに。

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