お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。
PR 書き下ろし小説

【街の色、街の音】第4話:参拝日和

 大宮八幡宮は、想像以上に広くて立派で、鳥居をくぐって中に入ってからというもの、つい周囲をきょろきょろと見渡してしまう。

 

 勤務先の美容室は、火曜日が定休日で、週にもう一度ある休みはシフトで決まるのだが、たいていは今日のように月曜になることが多い。連休なのはありがたいが、周囲に予定が合う友人は少なく、たまに同じ店の後輩と出かけたりすることはあるものの、こうして一人で出かけるのが習慣になっている。

気づけば三十歳になり、店にはいつのまにか、先輩よりも後輩のほうがずっと多くなった。同じはずの毎日の速度が、少しずつ速くなっている感覚に陥ることもある。

 

 二本の大きなイチョウが、どちらも黄金色に輝いている。頬に吹く風の冷たさを一瞬忘れて、スマートフォンで撮影してみる。なかなか綺麗だけど、肉眼で見るほうが、より美しく見える。「男銀杏」「女銀杏」と書かれた札がそれぞれの木の前にある。夫婦銀杏と呼ばれているらしい。

 先月やってきた、常連のお客さんでもある麻里さんに、休みの日に何をしているのか質問されて、最近はよく一人で、おもしろそうな街を探しては散歩したりしています、と答えると、なんだかかっこいいですね、と返されてしまったけど、別にそんなにかっこいいものではなく、むしろかっこ悪いくらいだ。

今日こうして大宮八幡宮に来たのも、インターネットで、《都内・恋愛・パワースポット》といった単語で検索したのがきっかけだった。

「彼氏が欲しい」と、ごくたまに会う友だちや、後輩たちにも話すことがあるけど、どのくらい欲しいのか自分でもよくわからなくなる。こうしていわば神頼みにやってくるくらいだから、相当な気もするけど、かといって後輩たちに合コンしましょうよと誘われても、適当な理由をつけて断ったりしてしまう。

 ここには、井の頭線の西永福駅で降りてやってきたのだけど、西永福駅で降りるのは、生まれて初めてだ。駅は小ぢんまりとしている印象だが、駅前には小さな商店街が広がっていて、好感を持つのに充分だった。

 

井の頭線自体は、今年の夏あたりから、時々乗るようになった。妹の凛子が結婚を機に、沿線に引っ越したからだ。

四つ離れた凛子は、わたしにとってずっと小さくて幼い存在だったから、凛子が自分より先に結婚したのにも、そしてもうすぐ母になるというのにも、あまり実感がわかない。わたしの中では、お姉ちゃん、と言っては些細なことでしょっちゅう泣いてばかりいた姿が鮮明に残っている。

 

 縁結びで有名な大宮八幡宮は、どうやら安産や子育厄除けでも有名らしい。妊婦らしき女性がちらほらいることから、むしろそちらのほうを目的に来ている人が多いのかもしれないと気づく。

 お参りを済ませたら、安産祈願のお守りを買って、凛子に電話をかけてみようと決める。帰りは、来たルートとは少し変えて、隣駅の永福町まで歩いて、どこかよさそうなお店を探し、遅めのランチをとるつもりでいた。でも凛子が暇なら、何か差し入れを買って持っていってもいいかもしれない。もしも断られたら、予定通り、一人でランチすればいいわけだし。

 

 彼氏が欲しいと言いながらも、こんなふうに一人で自由に過ごせる休日を、実はとても愛しているのかもしれない。そう思いつつ、もう目の前に見えている本殿に、さらに一歩足を近づける。自然と口角が上がり、微笑んでいるのが自分でもわかった。

この物語で登場した京王井の頭線沿線マップ

街の色、街の音:その他の物語はこちら

【第1話】各駅停車日和
さすがに別れから一ヶ月以上が経ち、泣き出すようなことはなくなったけど…

【第2話】カフェ日和
視線を感じ、ふと顔をあげると、嶋本さんがこちらをじっと…

【第3話】成長日和
海斗と手をつなごうとしたが、いいの、と…

【第5話】買物日和
ハートのつり革。二つ並んだそれに、引き寄せられ…

関連リンク

■井の頭線でみつける! ていねいな暮らしのヒント

■とっておきの夜のすごしかた特集

著者/加藤千恵

北海道旭川市出身の歌人・小説家。立教大学文学部日本文学科卒業。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人として脚光を浴びる。短歌・小説・詩・エッセイなど幅広く活動中。

第5話は12月下旬に公開予定。お楽しみに!

提供:京王電鉄株式会社