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秋のG1シーズン直前に贈る競走馬の深イイ話!「落馬した騎手を死守」「武豊を逆指名」

「凱旋門賞2013~オルフェーヴル&キズナ悲願の世界制覇なるか!?~<すぽると!SP>」(フジテレビ系列)が2013年10月6日に特集されました。

2013年10月6日、日本時間23:15を待ちわびた競馬ファンは多かったことでしょう。世界最高峰のレースといわれる凱旋門賞(フランス・ロンシャン競馬場)を、遂に日本馬が制するという歴史的瞬間を目にしたい! そう願っていたことと思います。日本馬2頭は、昨年2着惜敗のオルフェーヴルが堂々の1番人気に推され、キズナが3番人気。しかし、結果的にはオルフェーヴルが2年連続の2着。キズナは4着。残念……といいそうですが、世界最高峰のレースですから、これは大健闘です!

優勝した地元フランスの3歳牝馬・トレブは、無敗での戴冠。オルフェ―ヴルとは5キロの負担重量(=騎手を含めて馬が背負う重さのこと)差があったとはいえ、5馬身差の圧勝ですから素直に拍手です。

昨夜の放送ではじめて競馬のレースを観戦した方も多いことと思います。人馬一体となってレースに挑む姿に感動を覚えた方も少なくないことでしょう。そうなんです、競馬界には、思わず泣けてくるような馬と人とのドラマがいっぱい。そこで、今週末競馬ビギナーになるかもしれないアナタに競走馬の深イイ話をご紹介します!

心優しいダービー馬「キーストン」

デビューから5連勝、そのうち3回はレコードタイムを記録し、翌年のクラシック戦線では日本ダービー(=正式名称は「東京優駿」)を制してスターホースに。2年後の1967年、出走した阪神大賞典では1番人気に支持されていました。逃げの戦法で、終始先頭を走っていたキーストンは、直線半ばでスパートをかけた直後に故障を発生してしまいます。

左前脚を骨折し、前のめりに倒れて鞍上の山本騎手は落馬。脳震盪を起こして気を失いました。キーストンは左前脚をふらつかせながらも苦痛をこらえて、倒れた山本騎手を気遣うように3本脚で歩み寄ります。観戦スタンドからは「もう歩くな! 歩いてはあかん!」の悲鳴が起こったそうですが、たどり着いたキーストンは、山本騎手の胸に鼻づらを触れさせました。意識を取り戻した山本騎手は、思わずキーストンの頭を抱きしめます。救助に駆けつけた厩務員(=馬の世話役)に手綱を託した山本騎手は再び意識を失いましたが、気がついたときはキーストンが安楽死処分されたあとでした。

我が身を呈して騎手を守った「ライバコウハク」

ライバコウハクは、京都大障害(春)をレコードで勝利し、春秋連覇するなど1980年代に障害レースで活躍した競走馬です。1987年暮れの中山大障害でのこと。同レースでは4度の2着が続き、同年春は4着でした。大竹柵と呼ばれる障害の壁を飛越し、次の大土塁障害を越えようとした瞬間、後ろの肢が鈍い音を立てて骨折、大きくバランスを崩しながらもライバコウハクは障害を飛び越えますが、着地はできず、人馬は崩れ落ちてしまいました。

大土塁障害の高さは約140センチもあり、障害手前から見ると転倒した騎手は完全に死角となりますが、このときライバコウハクは激痛に耐えながら、前肢を突っ張り立ち、障害と騎手の間に立ちはだかり、後続の馬に騎手が踏まれないように守ったのです。後続の馬が無事通過したあと、ライバコウハクは馬運車が到着する前にコース上で息絶えました。騎乗していた大江原騎手は「命を懸けて守ってくれた馬を、ぼくは忘れることができない」と語り、ライバコウハクの写真をずっと部屋に飾っていたそうです。

武豊を逆指名した馬「スーパークリーク」

JRAの通算勝利数歴代1位のトップジョッキー武豊がまだデビュー2年目、19歳のときのこと。彼が牡馬クラシック最終戦・菊花賞の騎乗馬候補3頭を見て回っていたところ、スーパークリークの前を立ち去ろうとした際に、クリークは彼の服の袖をくわえて引っ張り、離さなかったそうです。このとき「自分に乗ってくれ!」といわれたような気がした、と後に彼は語っています。

出走登録はしたものの、優先出走権を持っていなかったため、登録除外馬の対象であったスーパークリークですが、周辺の配慮と幸運により2頭の除外馬が出て出走を叶えたばかりでなく、菊花賞を制覇。人馬ともにうれしいG1初勝利となったのでした。天才ジョッキー武豊を生むきっかけとなった“逆指名”ストーリーは、競馬ファンの中では有名なエピソードです。

自分の飛行機代は自分で払う「ピカレスクコート」

オルフェーヴル、キズナが出走した凱旋門賞といえば、2006年のディープインパクトの参戦を思い起こす人は多いと思いことでしょう。競走馬が海外遠征する際には、帯同馬と呼ばれる馬が行動をともにすることが多いのですが、それは主役の競走馬が寂しくないよう、落ち着かせるために「仲のよい」馬が帯同馬として一緒に旅をするのです。現地では調教相手をつとめることが多い帯同馬ですが、ときにレースに出場することもあります。

ディープインパクトの帯同馬はピカレスクコートという「1,000万下条件」(=競走馬の階級。簡単にいえば、ディープより2階級下)クラスだったのですが、現地で格上条件のG2レース・ダニエルウィルデンシュタイン賞に出走し、2着と大健闘します。2着賞金は28600ユーロ(約430万円)ですから、ピカレスクコートは自らの飛行機代をきっちり自分で稼いだ律義者ということになります。帰国後、重賞も勝利してさらなる出世も果たしました!

まとめ

10月には、同年代の女の子が集う3歳牝馬のG1秋華賞が開催されます。競馬が好きな方も、未経験の方も、深イイドラマを探して、競馬場に足を運んでみてはいかがでしょう!

(西田貴史/サイドランチ)

※この記事は2013年10月07日に公開されたものです

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