お使いのOS・ブラウザでは、本サイトを適切に閲覧できない可能性があります。最新のブラウザをご利用ください。

気前が良すぎる! 高級遊女の金銭美学「メイクから高級着物、養育費まで」全て自腹

堀江 宏樹

かんざしみなさまごきげんよう、歴史エッセイストの堀江宏樹です。

特に江戸時代初期~中期ごろにかけて、もっとも吉原が格式高かった時代、この頃は現代の貨幣価値で年収数千万円以上の男性が、毎週一度遊びにくるだけで破産してしまうほどのお花代を支払わせていた……というお話を前回しました。

しかし、巨額を支払ってもらっても当然だとお客に思わせられるよう、なにもかもを美しく、完璧に整える。つまり、花の吉原で上級遊女として商売するには、莫大な労力と経費がかかりました。

吉原遊女のトレードマークは、横兵庫(よこひょうご)もしくは立兵庫(たてひょうご)といわれる個性的な髪型。そしてベッコウで作られた12本もの笄(※ 江戸時代では、宝飾品の一種のあつかい)です。メイク道具や髪のセットから、毎日変える豪勢きわまりない着物、帯、すべてがすべて、自費なんですね。

お付き合いひとつとっても、異様にお金がかかりました。各種スタッフへのチップも気前よく支払わねばなりません。さらにスタッフたちには、盆暮れ正月の付け届けまで気前よくするのが、一流の証でした。

遠隔地の遊女仲間から、客の紹介を受けることもありました。18世紀始めごろ、宝永年間のお話ですが、江戸、吉原の遊女・香久山太夫(かぐやまだゆう)のもとに、京都、島原の遊女・瓜生野太夫(うりゅうのだゆう)から、手紙と贈り物が届きます。手紙には「吉原のあなた様を見込んで御手紙いたしました。自分の大事なお客様が江戸に行くので、接客をお願いいたします」というようなことと、銀製のキセルが添えられてありました。
香久山は瓜生野の申し出に応え、純白の大きな杯を作らせて「白菊」という銘をつけ、返事の手紙と共に瓜生野に贈っているんですね。時節はちょうど八月の十五夜のころ(陰暦では菊が咲くころ)、香久山の雅びな振る舞いは吉原中で評判となり、その後、八月の吉原では馴染み客に遊女が杯を贈る……という慣例が出来ました。

無粋で恐縮ですが、これらもすべて遊女の負担です。さらに、単純に江戸-京都間では手紙をやりとりするだけでも、送料は最低でも(届けるまでの早さ次第で)数千円~数万円ほどかかりました。また、時代劇などでハイクラスな遊女たちが、禿(かむろ)とよばれる、10歳くらいまでのオカッパ頭の少女を自分の小間使いのようにしていますが、この禿の養育費なども遊女持ちなんです。

ですから、高級な遊女ほど、とにかく太い客=良い客を選びました。そうでもしない限り、一日中、複数男性のお客の相手をせねばならなくなり、体力的・精神的に消耗してしまうからです。3度目の面会があるかどうかは、客を見極めたい遊女と、その試験になんとか合格しようという男性の「せめぎ合い」だったのですね。

太夫たちを置屋から揚屋の座敷に呼ぶ場合、特別な行列が組まれるというお話をしましたね。その時、揚屋の座敷にいる客は、その豪華な行列を自分の目で見るわけでもなく、ただ待っているだけなんです。しかし、吉原には特に遊女を指名する目的もなく、ただ、この手のパレードを見物するためだけに紛れ込んでいる男性が多々おりました。彼らに、オレが大金出して呼んだ遊女の輝く姿を、見せびらかしたい……というのは究極のファン心理なのかも。吉原の遊女と客の関係は、ある意味、現代のファンがアイドルの少女たちにただただ、輝いてもらいたいがため、大金を叩いてCDの購入を大量に続けるのとなんだか似ていますね。

しかし、そのファン心理を何十倍、何百倍も極めた男性……それが太夫たちの想定客だったのです。吉原の高級遊女のけばけばしいまでの華やかさは、毒のある花に似ています。どうなってもいい殿方だけ、私の馴染みになってくれなんし……というある意味あっぱれな意思表示だったわけですね。


???????????
著者:堀江宏樹
角川文庫版「乙女の日本史」を発売中
???????????

※写真と本文は関係ありません

※この記事は2014年10月18日に公開されたものです

堀江 宏樹

プロフィール歴史エッセイスト。古今東西の恋愛史や、貴族文化などに関心が高い。

公式ブログ「橙通信」
http://hirokky.exblog.jp/


角川文庫版『乙女の日本史 文学編』が7月25日、幻冬舎新書として『三大遊郭 江戸吉原・京都島原・大坂新町』が9月30日にそれぞれ発売。

 

その他近刊に『乙女の松下村塾読本 吉田松陰の妹・文と塾生たちの物語』(主婦と生活社)、『女子のためのお江戸案内
恋とおしゃれと生き方と』(廣済堂出版)など。文庫版『乙女の日本史』ともども増刷中。

 

監修として参加の、音楽家バトルファンタジー漫画『第九のマギア』(メディアファクトリー)の第一巻も好評発売中!


この著者の記事一覧 

SHARE