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雑学 ライフ全般

真相・真実を知ってがっかりした日本史の逸話・エピソード1位「沖田総司は美形ではなかった」

日本の歴史上の逸話やエピソードは、教科書や小説、ドラマなどで語られていますね。しかし、それらの中には「どうやら真相は違うらしい」というものも少なくありません。真相は美談でもなければ、感動的でもない場合が多々あります。

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そんな、真相を知ってがっかりした日本史の逸話・エピソードについて、読者665名に聞いてみました。

Q.真相・真実を知ってがっかりした日本史の逸話・エピソードを教えてください(複数回答)
1位 沖田総司はヒラメ顔で決して美形ではなかった 28.0%
2位 上野の西郷隆盛像は本人がモデルではない 24.1%
3位 板垣退助は「板垣死すとも自由は死せず」と言っていない 14.6%
4位 上杉謙信は武田信玄に塩など送っていない 12.9%
5位 福沢諭吉「学問のすゝめ」の「天は人の上に…」で始まる冒頭は平等主義を訴えたものではない 11.9%

■沖田総司はヒラメ顔で決して美形ではなかった
・「早世したせいか、小説などでは美形設定になっていますね。森蘭丸と混ざっているんじゃないでしょうか。五稜郭で見た、土方歳三の写真はかっこよかったです」(26歳女性/機械・精密機器/技術職)
・「なんで、美形設定が定着したんだろう?」(25歳女性/学校・教育関連)
・「すんごい美少年だと思っていたから衝撃的だった。銀魂の沖田が好きなので余計に」(29歳女性/金融・証券/秘書・アシスタント職)

■上野の西郷隆盛像は本人がモデルではない
・「じゃあ、(あの銅像は)誰なんだと思った」(23歳女性/情報・IT/クリエイティブ職)
・「西郷さんの奥さんが銅像を見て”こんな顔じゃない”と言ったと聞いた時、子供の頃から知ってる西郷さんはいったい誰なのか謎だった」(45歳女性/警備・メンテナンス)
・「これを知って以来、西郷さんが”おいどんは……”とか言ってても、疑惑の目を向けるようになってしまった」(26歳男性/マスコミ・広告)

■板垣退助は「板垣死すとも自由は死せず」と言っていない
・「歴史が苦手で、数少ない覚えていることの一つだったので、もし真実ならショック」(22歳女性/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)
・「死ぬ時にそんな洒落たことをいうと思ってはいなかったが、それに近いことくらいは言って欲しかった」(26歳男性/医療・福祉/事務系専門職)
・「じゃあ誰が言ったの? と思った」(31歳女性/商社・卸/秘書・アシスタント職)

■上杉謙信は武田信玄に塩など送っていない
・「上杉謙信が好きなので、夢を壊さないでほしい」(26歳女性/金属・鉄鋼・化学/技術職)
・「有名な話だけにかなりがっかり」(32歳男性/機械・精密機器/技術職)
・「何を送ったのか気になるが」(28歳男性/自動車関連/技術職)

■福沢諭吉「学問のすゝめ」の「天は人の上に…」で始まる冒頭は平等主義を訴えたものではない
・「平等をつよく訴えた人だと思っていたから」(26歳男性/医療・福祉/事務系専門職)
・「え? そうなの? ではどういう意味なの?」(30歳女性/情報・IT/秘書・アシスタント職)
・「よくいい言葉として引用されているから」(25歳女性/電機/事務系専門職)

■番外編:「赤穂浪士の吉良邸討ち入りの夜、雪なんか降っていなかった」に衝撃!
・「ドラマでは必ず雪が降っていたので、イメージがかわった」(38歳女性/小売店/事務系専門職)
・「だったらドラマのシーンは何だったのか」(33歳男性/団体・公益法人・官公庁/事務系専門職)
・「演出であることを知ってしまって、知りたくないものを知った気がした」(33歳男性/金属・鉄鋼・化学)

●総評
1位は「沖田総司はヒラメ顔で決して美形ではなかった」でした。ドラマや映画ではイケメンが演じ、漫画やアニメではかなり美形に描かれていますよね。ところが実際は、浅黒い肌のヒラメ顔だったという説が。ただし、現存する肖像画も、決して「これが実像」と裏付ける証拠はないとか。

美形ではなかったかもしれませんが、浅黒いヒラメ顔であったという確証もないという点が、せめてもの救い!?

2位は「上野の西郷隆盛像は本人がモデルではない」という真相。公開された銅像を見て、彼の妻が「こげんなお人じゃなかった」という感想を洩らしたとも言われています。西郷は写真嫌い、もしくは暗殺などの身の危険を避ける理由から、顔写真が出回らないようにしていたそうです。

3位は「板垣退助は『板垣死すとも自由は死せず』と言っていない」。本人の回顧録では、「驚きのあまり声も出なかった」と記されているそう。これについては、「実際にこれを言ったのは、現場に居合わせた自由党幹部の内藤魯一」、「病院で療養中の板垣が、見舞いの客にこれと似たような趣旨を語った」など諸説あるようです。

4位には「上杉謙信は武田信玄に塩など送っていない」がランクイン。海のない甲斐では塩は輸入資源。そこで敵対する北条氏や今川氏は、甲斐への塩の輸出を止めるという戦略上の措置を取りました。しかし、越後は依然変わらず甲斐との塩の売買を継続。

つまり、「贈った」のではなく「売っていた」のであり、単に以前から行われていた貿易だったといわれています。

5位は福沢諭吉「学問のすゝめ」について。生まれや血筋に関係なく、誰もが裕福で位の高い身分になれるチャンスはあるという意味では、平等を謳っているとも解釈できるのですが、少なくとも「お金の有無」や「身分の高低」で人や人生の価値が決まるものではないとは言っていないようです。

年末の風物詩「忠臣蔵(赤穂浪士)」での、雪降る中での討ち入りのシーンはあまりにも有名。しかし、どうやら史実としては討ち入り当日の12月14日、江戸は晴天だったとのこと。ただ、前日の13日は大雪で、14日も雪が積もっており、その銀世界の情景から、いつしか雪が降っているというシチュエーションが加えられたのでしょう。

史実といえども、実際に当時を見た人や写真などが残っていなければ、後世の創作や曲解を生じてしまうもの。特に小説やドラマで語られていることは、よりドラマティックに見せるために演出されていることも。真実を調べてみると、より歴史に興味を持つことができそうです。

(文・OFFICE-SANGA 宇喜多あつし)

調査時期:2013年11月23日~2013年11月29日
マイナビウーマン調べ
調査数:男性256名、女性409名
調査方法:インターネットログイン式アンケート

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